H30司法試験予備試験 刑事訴訟法 再現答案

  1. 設問1
    1.  前提として,Pらによる甲に対する職務質問(警察官職務執行法(以下,警職法という。)2条1項)の適法性については,甲はPと目が合うやいなや,急に慌てた様子で走り出している事情,場所が凶器を使用した強盗等犯罪の多発地域であったことから,不審事由(警職法2条1項)があるといえ,適法である。
    2.  ①の適法性について,①は「甲のシャツの上からへそ付近を右手で触った」という行為であるが,所持品検査たる性質を有することから,職務質問における所持品検査としての適法性を検討する。
      1.  職務質問に際しての所持品検査は,明文がないため法的根拠が問題となる。そもそも,職務質問は,犯罪の予防,鎮圧を目的とする行政警察活動である。行政警察活動は流動的な性質を有する。所持品検査は,職務質問の目的を達成するため有効かつ実効的なものである。そのため,職務質問に付随して,対象者の任意の承諾を得て行われる限り,原則として適法であると解すべきである。
      2.  もっとも,承諾がなくても,強制にわたらない限り,直ちに違法とはならない。
      3.  本件では,Pは,外観上「甲のシャツのへそ付近が不自然に膨らんでいる」ことが見受けられたことから,これに不審な点があるといえ,職務質問に付随してその内容を確かめるための所持品検査をなしうる。もっとも,Pが甲に対し「服の下に何か持っていませんか。」と質問したが,任意に中身を見せておらず,承諾はなかった。
      4.  しかし,上記①の行為は,外側から触れてシャツの下の物を確認しているにすぎない。そのため,外側から確認できないシャツ内の領域に侵入するなど,捜索のような性質はなく,甲のプライバシー(憲法35条1項,13条参照)を侵害する程度は低い。
      5.  したがって,①の所持品検査は,直ちに違法とはならない。
    3.  もっとも,所持品検査も,職務質問に付随する限度で認められるのであって,警察比例の原則(警職法1条2項)から,必要性,緊急性及び所持品検査をすることにより得られる利益と対象者の被る不利益との均衡を失する場合は,違法となると解される。
      1.  必要性ないし緊急性について,本件では,Pらが警らしていた時間は,午前3時ごろという真夜中であった。また,先述の通り,甲を発見した場所は,凶器を使用した強盗等犯罪多発地域であるH市I市J町であった。そして,甲は,最初にPが声を掛けた際も,急に慌てて逃げようとしていた上,シャツの下が不自然に膨らんでおり,何らかの物を隠していることが明らかである。さらに,甲は,Pが任意の開示を要求したのに対して拒んでいるほか,甲の腹部がPの右手に触れた際,「固い物」の感触がしたのである。かかる状況から,当該物が凶器その他危険物を隠している可能性が合理的に判断されたのである。
      2. 以上の点から,Pらとしては,甲がシャツの下に隠している物を確認する必要性があったといえる。また,甲が立ち去ろうとしていたため,その場で確認し,犯罪の予防鎮圧のため緊急性もあった。
      3.  相当性については,外側から触ることで相当程度物の形状を確認し,内容物を推測することができ,犯罪の予防鎮圧に資する利益がある一方,外側から触れられた程度では,甲のプライバシーが侵害される程度は,物の形状から中身が推認される程度にすぎない。ゆえに,甲の被る不利益は,①により得られる利益との均衡を失しない。
      4.  よって,①は,所持品検査として適法である。
    4.  では,②の適法性については,どうか。前提として,甲について規制薬物等犯罪に関わる物を隠しもっている可能性があると判断されており,具体的な犯罪について嫌疑が生じ,犯罪の捜査(刑事訴訟法(以下,法という。)189条2項)に移行したと考えられる。そこで,②の適法性について,以下法の規律によって検討する(警職法2条3項,197条1項本文)。
      1.  まず,②の行為は,Qが甲を羽交い絞めにした行為と,Pが甲のシャツの中に手を差し入れてウェスト部分にあった物を取り出すという2つに分析される。
        1.  197条1項但書にいう「強制の処分」にあたる場合,「法律に特別の定」めがない限り強制処分法定主義に反し違法となる。「強制の処分」とは,個人の意思を制圧し,対象者の身体,住居,財産等の重要な権利ないし利益を侵害する処分をいう。
        2.  Qが甲を羽交い絞めにした行為は,Qの身体に対する有形力の行使であって,およそ甲の意思を制圧するものである。もっとも,これは瞬間的なものであって,長時間に及ぶ逮捕たる性質はない。そのため,かかる身体拘束は,「重要な」権利ないし利益の侵害にはあたらず,「強制の処分」にあたらない。
        3.  もっとも,捜査比例の原則(197条1項本文参照)から,必要性及び具体的事情の下での相当性が認められない限り,任意捜査の限界を超え違法となると解される。
        4.  本件では,①の後,甲はなおPらの要求にも再三応じず,「嫌だ。」と腹部を押さえて開示の態度を変えなかった。また,甲は,規制薬物という重大犯罪についての嫌疑があったことから,隠している物の中身を確認するために甲の腕を引き離す必要があったといえる。そして,かかる身体拘束は,きわめて一時的であったことからすれば,具体的状況の下で相当な限度を超えるとは言えない。
        5.  よって,Qによる羽交い絞め行為は,適法であると考えられる。
      2.  もっとも,次の通り,Pが甲のシャツの中に手を差し入れて,ズボンのウェストに挟まれていた物を取り出した行為は,違法である。
        1.  「強制の処分」に該当するか否かという点について,かかる行為は,本来外部からは認識できないであろう甲のシャツの中に手を差し入れるという態様から,厳密には有形力の行使であるとはいえなくても,甲の意思を制圧しているといえる。また,人の着衣の内部は,通常外部からの認識に晒されず,高度のプライバシー領域である上(憲法35条,13条),対象者の羞恥心などを害する。そのため,かかる利益は重要な権利利益である。
        2.  したがって,Pの行為は,「強制の処分」にあたる(法197条1項但書)。
        3.  そして,「法律に特別の定」めのある行為類型にあてはまる場合,Pの行為は,令状なくして行った点において令状主義違反(憲法35条,法218条1項)にあたるところ,甲のシャツの中に手を差し入れている点については,捜索(法102条1項参照)にあたる。よって,Pの行為は,令状主義違反に基づく違法がある。
      3.  以上より,②は,Pが甲のシャツに手を差し入れた行為は,違法である。
  2.  設問2
    1.  本件覚せい剤の証拠能力については,これが上記②の違法な手続に基づき採取されたものであることから,違法収集証拠として証拠能力が否定されないかが問題となる。
      1.  適正手続の要請(憲法31条,法1条),司法の廉潔性といった一般原理に依拠すれば,違法な手続によって獲得された証拠に基づき裁判を行うのは,かかる法の趣旨に反する。他方で,発見された証拠が手続の違法性ゆえに常に証拠能力を否定されては,真実発見の要請(法1条)ないし適正な刑罰権行使実現に反する。
      2.  したがって,両者の調和の見地から,令状主義の精神を没却する重大な違法があり,かつ将来の違法捜査抑止の見地から証拠能力を付与することが相当でない場合には,違法収集証拠として証拠能力が否定されると解する。
      3.  本件についてみると,②は,特にPが甲のシャツの中に手を差し入れて本件覚せい剤を入手したという点において,本来甲に対する捜索差押許可状をえない限り成し得ないと考えられることから,令状主義の精神を没却する重大な違法がある。
      4.  もっとも,本件覚せい剤は,甲のシャツの下から発見されており,覚せい剤所持罪にあたることは明らかであって,かつこれがその決定的な証拠であるため証拠価値は高い。その反面,Pらとしては,任意提出を再三要求しているほか,もはや令状発付を受けて執行する暇がなかったとも考えられ,将来の違法捜査抑止の見地から証拠能力を認めることが相当でないとはいえない。
    2.  以上より,本件覚せい剤の証拠能力は認められる。 

                                     以上

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