H30司法試験予備試験 刑法 再現答案

  1. 甲の罪責
    1. 甲がA銀行B支店において定期預金の払い戻しを受けた行為
      1.  かかる行為について,詐欺罪(刑法(以下,略す)246条1項)の成否を検討する。
      2.  まず,A銀行B支店の500万円の定期預金が「他人の財物」にあたるかについて,詐欺罪が占有を侵害する交付罪たる類型であるため,甲名義の預金口座にある金銭の占有の所在が問題となる。
      3.  銀行取引では,現代社会では簡易迅速な決済が可能であり,特に普通預金については,ATMなどでキャッシュカード及び暗証番号入力により容易に預金を動かすことができる。そのため,口座名義人は,預金債権ではなく,預金そのものを占有していると考えられる。しかし,定期預金は,契約期限までは窓口での手続が必要であり,普通預金と同様に論ずべきでなく,口座名義人ではなく,銀行が占有すると解される。
      4.  したがって,500万円は,A銀行B支店の占有する「他人の財物」にあたる。
      5. 「人を欺」く行為とは,財物交付の判断基礎となる重要な事実を偽ることをいう。重要な事実の内容は,取引の内容,性質等により具体的に判断される。
      6.  本件で,甲が行ったA銀行B支店との取引は,500万円の定期預金の払い戻しである。定期預金の払戻を行うには,解約手続として所定の手続を経る必要があり,その際様々な書類が必要となる。かかる書類として,届出印のほか,定期預金証書を提示する必要がある。その趣旨は,本人確認等の観点に基づくと考えられる。もっとも,かかる証書がなくても,払戻自体は,代替する本人確認手続をすれば引き出しが可能である。本件でも,A銀行B支店係員Cは,A銀行所定の本人確認手続により,甲を口座名義人と確認し,払戻に応じている。そうすると,定期預金証書があるか否かは,交付の判断基礎となる重要な事実でないように思える。
      7.  しかし,本来,定期預金証書自体は,名義人本人が保管するものであって,当該証書が存在しない場合は,定期預金の払戻期限前の解約を行うことはできない。そうすると,甲が,自己の定期預金証書をVに預託した状態であった事実は,A銀行B支店としては,交付の判断基礎となる重要な事実であったというべきである。すなわち,かかる事実を偽った場合,実質的に定期預金の払戻を社会通念上別個の支払とする程度の変更を与える。そして,甲は,定期預金証書をVに預託している事実を秘して,紛失したことを装い,かかる事実を偽っている。
      8.  したがって,甲は,A銀行B支店が500万円の払戻しに応じる判断基礎となる重要な事実を偽っているといえ,「人を欺い」たものであるといえる。
      9.  そして,窓口対応をした係員Cは,甲の言を信用し,甲が証書を紛失したものであると誤信し,再発行手続を行い,解約手続を経て,500万円を交付し,甲が受け取ったのであるから,甲は,500万円を「交付させた」といえる。
      10.  以上より,故意(38条1項本文)を否定すべき事情もない以上,詐欺罪が成立する。
    2. Vに対する横領罪(252条1項)の成否
      1.  500万円の払戻し,あるいはこれを乙に対する借入金返済に充てた行為につき,Vに対する委託物横領罪(252条1項)の成否も,さらに問題となる。
      2.  「自己の占有」する物とは,横領罪が所有権を保護法益とし,委託信任関係の破壊を本質とすることから,委託に基づく目的物の濫用的支配のおそれのある事実上ないし法律上の占有をいうと解される。
      3.  本件で,甲は,Vから,甲の投資会社立ち上げに際しての出資金の保管の委託を受け,500万円を預かった。また,当該500万円を甲名義の上記預金口座で保管していたのであるから,先述のような方法によって甲が定期預金の払戻をうけることのできる状態にあり,濫用的支配のおそれのある法律上の占有を有していた。
      4.  したがって,甲は,本件500万円を「占有」していたといえる。
      5.  そして,500万円は,Vの出捐した金銭であるから,「他人の物」である。
      6.  「横領」とは,上記横領罪の罪質から,委託の趣旨に背いて,ほしいままに,所有者でなければなしえない処分をする不法領得の意思の発現行為,と解される。 したがって,借入金返済行為が,不法領得の意思の発現たる「横領」にあたる。
      7.  本件では,預金の払戻行為,あるいは払い戻した上での乙に対する返済充当行為のいずれについて上記不法領得の発現があるかが問題となる。ここで,Vの委託の趣旨は,500万円を甲の立ち上げる投資会社への出資のみに充てることにあった。そうすると,払戻行為自体は,委託の趣旨に反するとまではいえない。もっとも,甲が乙に対する借入金返済に充てたのは,かかる委託の趣旨に反し,所有者Vでなければ成し得ない処分行為であるということができる。
      8.  以上より,故意に欠ける事情もなく,500万円を借入金返済に充てた行為につき委託物横領罪が成立する。
    3. 乙と共にVを脅して念書の作成ないし交付を受けた行為
      1.  かかる行為について,強盗利得罪の共同正犯(236条2項,60条)の成否を検討する。
      2.  Vを脅した行為は,あくまで乙が行っているが,実行分担者ではない者も,特定の犯罪の共同惹起に主体的に関与した場合には共謀共同正犯として処罰される。すなわち,犯罪遂行の意思連絡(共謀)が認められ,自己の犯罪を実現するべく主体的に関与し(正犯意思),かつ共謀に基づく犯罪実行があれば,共謀共同正犯が成立する。
        1.  本件で,甲は,乙にVから預かった500万円を返済に流用したことを打ち明けた。これに対し,乙が甲に二人でV方に押しかけ,Vを刃物で脅して「甲とVの間には一切の債権債務関係はない」旨の念書を書かせるという強盗(236条2項)を行うことを提案し,甲は,「わかった。」といって,かかる乙の提案をのんでいる。ゆえに,甲乙間において,Vに対する強盗利得罪遂行の共謀があるといえる。
        2.  そして,甲は,Vの500万円流用について,500万円の返還を免れるためにかかる犯罪遂行をするものであると考えられ,主体的に関与する動機がある。また,実際に,甲は,「・・・今すぐここで念書を書け。」などと要求し,財産要求の趣旨を述べて,積極的に犯罪遂行に関与している。ゆえに,自己の犯罪を実現する意思がある。また,乙は,Vに対し,「さっさと書け。・・・俺たちに10万円支払え。」などと言い,Vの胸倉を掴んで喉元にサバイバルナイフの刃先を突き付け,身体ないし生命に害を与える旨,人の反抗を抑圧するに足りる害悪の告知たる「脅迫」(236条1項参照)をし,念書を書かせVの甲に対する債権を放棄させて「財産上の利益得させ」ている。このように,乙は,自ら実行行為を行い,正犯性が優に認められる。
        3.  そして,かかる乙の実行行為は,「絶対に手は出さないでくれ。」という甲の言動を考慮しても,脅すことは否定しておらず,共謀に基づく実行であるといえる。
      3.  したがって,強盗利得罪の共謀共同正犯が成立する。
      4.  なお,乙がVの財布から10万円を抜き去った行為について,強盗罪(236条1項)の共同正犯の成否も問題となり得る。しかし,本件で,甲は,Vから10万円を奪うことに共謀がなかった。仮に現場共謀があったとしても,次の通り,因果性の遮断があり,共犯関係の解消によって以後の乙の行為について罪責を負わない。
      5.  すなわち,甲は,乙が「10万円も払わせよう。」と言ったのに対し,「もうやめよう。」などの言動から心理的因果性が否定され,かつ乙の手を引いて連れ出し,武器のナイフを取り上げて立ち去るなど,物理的因果性を除去するに十分な行動もある。
    4.  以上より,甲には詐欺罪,横領罪,及び強盗罪(236条2項)の共同正犯が成立し,いずれも併合罪(45条前段)となる。
  2.  乙の罪責

 Vに対するサバイバルナイフでの脅迫により,念書を書かせ,甲に交付させた行為については,強盗利得罪の共謀共同正犯が成立する。そして,乙が,Vの財布から10万円を抜き取った行為については,従前の強盗直後であり,恐怖で身動きできなかったVから,奪取し「強取した」といえ,強盗罪(236条1項)となる。両者は併合罪となる(45条前段)。

                                     以上

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