H30司法試験予備試験 行政法 再現答案

  1. 設問1について
    1. 本件勧告の処分性
      1.  「行政庁の処分」(行政事件訴訟法(以下,行訴法という。)3条2項)とは,公権力の主体である国又は地方公共団体が行う行為のうち,その行為により,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。本件で,①については,本件勧告はY県知事という行政庁が行ったものであるため,認められる。問題となるのは,②である。
      2.  すなわち,処分性は,①公権力性及び②直接かつ個別具体的な法的効果を有することの2つを要素としている。
      3.  法効果性は,法令の文言,趣旨その他構造に照らし解釈することにより判断される。
        1.  本件勧告は,条例48条に基づく。同条によれば,25条の規定に違反した場合において,事業者に対して違反の是正の指導又は勧告をするものである。本件勧告の内容は,Xに対し「浄水器の販売に際し,条例25条4号に定める不適正な取引行為をしない」という不作為を要求するものである。そして,本件勧告に従わない場合には,公表(条例50条)の手続がされることになる。ゆえに,本件勧告は,公表による事実上の制裁的効果を有する後続処分を規定していることなどに照らすと,Xに対して先述の不作為義務を課すものというべきである。
        2.  もっとも,次のような反論が想定される。本件勧告は,単にXに対して25条4号に反する行為をしないことを勧告し,事実上不作為を要求するにすぎない,そして公表は処分ではなく事実上の効果を伴うにすぎず,公表の存在が本件勧告による法的効果を裏付けるものとはいえない。また,25条4号に掲げる行為は,そもそも禁止されている行為であって,これをしないよう勧告しても新たに直接個別の権利義務関係を形成するものではない。
        3.  しかし,25条4号に掲げられた行為がすでに条例上禁止され,不作為義務が課されているとしても,それのみでは抽象的一般的なものである。むしろ,本件勧告がされることにより,Xに個別具体的に法的効果を生じさせるものというべきである。そして,一般に,行政手続法に定めるような手続を採用する場合,その効果として直接個別具体的な権利義務の変動を予定することから防御の機会を与える趣旨であるとされる。ここで,条例49条によれば,48条による勧告をする際には,事業者に対し,意見ないし証拠提出の機会を与えることが義務付けられている。かかる手続は,行政手続法上の聴聞手続(行政手続法15条1項以下)に類するものである。したがって,かかる法の仕組みに照らせば,本件勧告により直接具体的に権利義務関係を生じさせる法的効果を有するといえる(②)。
      4.  以上より,本件勧告に処分性が認められる。
    2. 本件公表の処分性
      1.  本件公表も,Y県知事によるものであるから,公権力性は認められる(①)。
      2.  本件公表は,48条の規定による勧告に従わなかった者に対して課される。すなわち,その内容は,Xに対し本件勧告がされたこと及びXがこれに従わなかったことが一般に公表される。これは,Xが浄水器販売を行うことを阻害しようとするものであるから,直接個別具体的な権利義務関係を形成するものであるといえる。しかし,法的効果がないとしても,かかる事実上の効果はXの事業活動継続に著しく影響を与える。そのため,本件公表について争う手段が用意されるべきであるところ,罰則等の後続処分がないことから,もはや本件公表により争うことでしか権利救済手段がないといえる。ゆえに,実効的な権利救済の観点から,本件公表を争う手段を認めるべきである。
      3.  もっとも,次のような反論が想定される。Xの主張する内容は,本件公表が事実上有する効果であって,法的効果ではない。また,本件公表の後不適正な取引行為が継続しても,罰則等がないことからすれば,本件公表が,罰則の担保をもって不作為義務を課すといった性質のものではないから,やはり法効果性はない。
      4.  しかし,法的効果がないとしても,かかる事実上の効果はXの事業活動継続に著しく影響を与える。そのため,本件公表について争う手段が用意されるべきであるところ,罰則等の後続処分がないことから,もはや本件公表により争うことでしか権利救済手段がないといえる。ゆえに,実効的な権利救済の観点から,本件公表を争う手段を認めるべきである。
      5.  したがって,本件公表に処分性が認められる。
  2.  設問2について
    1.  本件勧告は,Y県知事の裁量権の逸脱・濫用があるため,違法である(行訴法30条)。
    2.  まず,裁量とは,行政行為の判断主体たる行政庁が,処分を行うに際して認められる判断の余地をいう。裁量の有無は,法令の文言ないし当該処分の内容,性質から,特に行政主体の判断が尊重されるべきといえるかどうか,すなわち専門的技術的判断等の観点があるか否かといった点から決される。
    3.  本件勧告は,条例48条に基づく。同規定によれば,知事が,事業者が25条の規定に違反したと判断される場合に,違反を是正するよう指導し,又は勧告することが「できる」としている。ゆえに,文言上,条例25条の違反是正を促す手段として,指導又は勧告をするかしないか,ないしいずれの手段を選択するかという点について,知事の裁量があるということができる。また,「消費者の利益が害されるおそれがある」場合にされるところ,消費者利益の保護というのはおよそ行政の政策的判断の観点が内在すると考えられるため,行政庁の判断に委ねるべき事由があるといえる。
    4.  以上の点から,本件勧告には,効果裁量が認められる。
    5.  裁量が認められる場合,裁量処分は,原則として当不当の問題は生じても,違法の問題は生じないが,判断基礎となる重要な事実の誤認又は社会観念上著しく妥当性ないし合理性を欠く場合には,裁量権の逸脱濫用にあたり,違法となるというべきである。いかなる場合に,裁量処分が社会観念上著しく妥当性を欠くか否かは,画一的に解することはできないが,法の一般原則,例えば,信義則や比例原則等に反する場合は,類型的に,裁量権の逸脱濫用にあたると解されている
    6.  比例原則違反については,当該処分が,具体的事情に照らし,必要性ないし相当性を欠いている場合をいう。そして,必要性ないし相当性を欠くものであるか否かは,およそ一般的な基準がないが,処分の目的ないし内容,性質,そして処分の名宛人が被る不利益の具体的内容,程度等に照らして判断される。
      1.  本件勧告は,違反の是正を具体的に要求するものである。その性質は,先述の通り,事実上の要求である。そして,その根拠は,Xの従業員の一部が,消費者に対して不適正な方法で浄水器の購入を勧誘していたことによる。 
      2.  もっとも,本件は,①Xの従業員がした勧誘は不適正なものではなく,②仮に不適正なものであったとしても,それは従業員の一部にすぎずX全体の組織的なものではなかった上,③以後適正な勧誘をするように指導教育するなどの改善措置をすでに行っている。かかる事情からすれば,Xにさらに追加的な是正措置を勧告することは,過剰な要求であるから,必要性はない。そして,Xは,本件勧告がされ,従わない場合には公表がされることがほぼ確実であり,これによりXの経営上深刻な影響が及ぶ不利益が想定された。ゆえに,相当性を欠く。
      3.  他方で,本件でXの勧誘についてはY県に多数の苦情が寄せられていたのは否めない。消費者保護の観点から,Xへの処分に必要性相当性があるとの反論もありうる。
      4.  しかし,先述の③の情状も考慮すれば,より制限的でない「指導」という手段ではなく,公表というXへの不利益を生じる手段をあえて選択する必要を裏付けるほかの事情はない。そして,Xへの不利益は重大であるから,相当性もない。
    7. 以上によれば,本件勧告は,必要性及び相当性を欠き,比例原則に反し,社会観念上著しく妥当性を欠く違法なものである。

                                     以上

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