H30司法試験予備試験 憲法 再現答案

  1.  法律上の争訟性について
    1.  「法律上の争訟」にあたるか否かは,司法権(憲法(以下,略す)76条1項)の発動に関わる。そもそも,司法権とは,権利義務関係に関わる具体的な紛争について,法を解釈適用し,これを宣言することによって,紛争を終局的に裁定する国家作用をいう。したがって,「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)にあたるには,権利義務関係に関わる具体的な紛争であって(事件性),かつ法の解釈適用による解決を図ることができるもの(法律解決性)が認められることを要する。
      1.  処分2は,A市議会議員であるXに対し,Xが処分1に従わなかったという具体的事実に基づき課された処分である。また,その内容はA市議会議員としての地位を剥奪するものである。そのため,処分2は,XのA市議会議員としての法的地位ないし権利義務関係に関わる具体的紛争である。
      2.  また,処分2は,地方自治法の規定に基づくものである(地方自治法134条1項,135条1項4号)から,同法の解釈ないしその他関係法令の解釈,適用により終局的な解決を図ることができる性質のものであるから,法律解決性が認められる。
      3.  したがって,処分2は,「法律上の争訟」に該当する。
    2.  もっとも,処分2は,A市議会という地方議会がした処分である。ここで,憲法は,地方公共団体には議事機関として地方議会を設置する(憲法93条1項)。地方自治は,地方自治の本旨(92条)に基づくところ,団体自治に基づく自由主義的観点から,地方公共団体の内部自律が尊重される。
      1.  判例は,かかる観点から,地方議会が議員に対してした出席停止の懲罰処分については,それが単なる内部自律の範囲にとどまるため,法律上の争訟として司法審査の及ぶものではないとした。もっとも,単なる内部自律にとどまらず個人の権利義務に直接関わる場合には,司法審査の対象となるとしている。
      2.  処分2は除名処分であるが,XのA市議会議員としての法的地位に直接関わるものであり,単なる内部自律の問題ではなく,個人の権利に直接関わるといえる。
    3.  したがって,処分2は,司法審査の対象となる「法律上の争訟」にあたる。
  2.  Xの憲法上の主張
    1.  処分1は,Xが陳謝文朗読を強制されない自由を侵害し,19条に反する。
      1.  同条は,「思想及び良心」の自由を保障している。その保障根拠は,個人の世界観,価値観等に由来する内心の自由を保障するものである。Xが陳謝文を朗読することを強制されない自由は,Xのかかる価値観,信条等に基づくものであるから,19条により保障される。
      2.  先述の保障根拠からすれば,内心の自由に対する直接的な制約は,絶対的禁止であると解される。処分1は,陳謝文を朗読させる直接制約であるから,19条における内心の自由の絶対的保障の趣旨に抵触する。
      3.  したがって,処分1は,19条に違反する。
    2.  処分2は,Xの議員活動の自由を侵害し,21条1項に反する。
      1.  21条1項は,「一切の表現の自由」を保障する。「表現」は,思想や意見等の外部的表明をいうが,議員活動の上で,意見表明,討論等において思想ないし意見表明といった活動も含まれる。ゆえに,Xの議員活動の自由は,21条1項により保障される。
      2.  処分2は,XのA市議会議員としての地位を剥奪して,Xの議員活動を制限する。また,実質的にXの本件発言に対する制裁であり,Xの議員活動の上での萎縮効果が高い。そして,Xの地方議会議員としての活動は,重要な権利である。そのため,処分2による制限については,慎重に合憲性が判断されるべきであり,目的の重要性と,手段がより制限的でない他の選びうる手段がなく,処分2によるべき必要性が認められない限り,違憲である。
      3.  本件で,処分2は,地方自治法に規定される懲罰処分のうち,もっとも重い除名処分が選択されている。ここで,処分1は,公開の議場において本件陳謝文を朗読させるものであるところ,「公開の議場における陳謝」という懲罰処分の1つであると考えられる(地自法135条1項2号)。そのため,処分2は,より重い出席停止(同3号)と比較して飛躍的に重い処分である。他方,本件発言は,意図的でなく,調査による相応の根拠があり,Xの地位を剥奪しなければA市の教科書の信用などが回復されないといったものではない。より制限的でない出席停止措置でも十分である。
      4.  したがって,処分2は,必要性を欠き正当化されず,21条1項に反する。
  3.  反論及び私見
    1.  処分1の19条違反にかかる主張について
      1.  処分1によりXに陳謝文を朗読させることは,単に事態の真相を告白させ,それについて陳謝の意を述べさせる程度のものであるから,Xの内心の自由を侵害しないとの反論が想定される。
      2.  判例謝罪広告事件において,謝罪をさせることは,単に事態の真相を告白し,それについて陳謝の意を表明させるにとどまる限り,憲法19条により保障される内心の自由を侵害するものではなく,同条に反しないとしている。そこで,処分1による陳謝文の朗読強制が,単なる事態の真相告白ないしそれについての陳謝の意思表明にとどまるか否かが争点となる。 しかし,かかる箇所は,XのDに対する侮辱の認識があったかどうかという内心を告白させるのではなく,単に客観的な事実の態様を形容したものにすぎないと考えられるため,事態の真相を告白させたという限度にとどまると考えられる。
      3.  処分1における謝罪文の内容は,「私は,Dについて,事実に反する発言を行い,もってDを侮辱しました。ここに深く陳謝致します。」とのものであった。かかる陳謝文は,XがDに対して事実に反する発言を行った事実を表明させ,陳謝させる内容である。他方,「・・・もってDを侮辱しました。」との箇所は,XがDを侮辱する意図に対する自己認識,内心を告白させるものとも考えられ,単に事態の真相を告白するにとどまるものではないといえそうである。
      4.  しかし,かかる箇所は,XのDに対する侮辱の認識があったかどうかという内心を告白させるのではなく,単に客観的な事実の態様を形容したものにすぎないと考えられるため,事態の真相を告白させたという限度にとどまると考えられる。
      5.  したがって,処分1は,Xの内心の自由を侵害せず,19条に反しない。
    2.  処分2の21条1項違反にかかる主張について
      1.  処分2は,本件発言に対する制裁ではなく処分1に従わなかったことに対する制裁であって間接的な制約であり, 厳格な基準は妥当でないとの反論が想定される。
        1.  そこで,処分2の合憲性判断基準が争点となる。確かに,かかる反論の通り,処分2は,本件発言に対して向けられた制裁ではなく,処分1に従わなかったことに対するものであるから,間接的制約であるといえる。そのため,表現の自由に対する制約としては強度ではなく,緩やかな基準が妥当すべきように思える。
        2.  しかし,処分2がXのA市議会議員としての地位そのものを剥奪し,以後の議員活動をできなくする性質のものであること,議員活動における様々な場面での発言は地方政における民主制過程の実現の上で死活的に重要な権利であることに照らせば,間接的制約であっても,その手段をとることの合憲性を緩やかに判断すべきではない。そこで,より制限的でない他の採りうる手段がなく,処分2によるべき必要性を裏付ける事情がある場合でない限り,処分2は違憲であると解すべきである。
      2.  かかる基準に従い,処分2の合憲性について検討すると,本件発言はDがA市の社会科教科書の採択について,A市議会議員であるDが市教委の委員に対して不当な圧力があった等の内容である。これが事実に反するものであったとなると,A市の教育行政に対する信頼が損なわれるなど,本件発言の影響は重大であったといえる。そのため,処分2にも一定の根拠を見出すことはできる。
      3.  しかし,Xは新聞記者であるCという一定の信用のある情報源からから入手した情報を契機とし,かつ一定の調査を行った上で,本件発言をした。かかる情状に照らせば,本件発言の影響を考慮しても,Xを議会から排除しなければ信用を回復できないとまではいえず,出席停止措置でも十分である。
      4.  以上からすれば,処分2によるべき必要性を裏付ける事情は足りず,処分2は,21条1項に反する。

                                     以上

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