平成30年度 一橋ロー再現答案 刑法

刑法第1問

  1. XがVの右腿を包丁で1回突き刺した行為について
    1.  かかる行為について,Vに対する傷害罪の共同正犯(60条,204条)の成否を検討する。
    2.  まず,「人を傷害」する行為とは,人の身体的機能ないし生理的機能を害する行為をいう。上記行為は,Vの右腿部に包丁を突き刺すという物理力を行使した結果,当該部分に裂傷等を生じたものと解されるから,Vの生理的機能を害する行為として「傷害」する行為にあたる。
    3.  また,Xが包丁でVに切りかかるという行為態様からして,単なる物理力の行使という認識にとどまらず,Vの右腿部分に裂傷を生じることを認識予見していたものといえる。したがって,Xには傷害の故意が認められる。このように,Xの行為は,傷害罪の構成要件に該当する。
    4.  そして,共同正犯の処罰根拠は,自己の犯罪を実現する意思の下,特定の犯罪を実現するべく相互協力する共謀をし,犯罪を共同惹起する点にある。そのため,犯罪の実行を行っていない者であっても,正犯意思があり,特定の犯罪の遂行を共謀し,これに基づき他の者が犯罪を実行した場合には,共謀共同正犯が成立する。したがって,X及びYについて,傷害罪の共同正犯が成立しうる。
    5.  本件でも,Xは,Vと口論になり,電話口で「待っていろ。」といって因縁をつけられた形でこれを切られ,その後VがX方に来るであろうことを予期しつつ,自分がVと応戦することを前提として,Yに電話をし,加勢を求めている。すなわち,「暴力団のVと電話で言い争いになり,家に来るからもしれない。」と伝え,Yに助力を頼んで,Yも兄であるXの頼みであったことから,自己の犯罪として,Vに対する応戦・共闘を承諾している。ゆえに,X及びYは,「暴力沙汰になった場合に備えておく」ために出刃包丁を準備していたことからしても,少なくともVに対する傷害行為について事前共謀が成立していたといえる。そして,上記の通り,Xは傷害行為を遂行している。
    6.  もっとも,上記行為は,YがVから頭部及び顔面の暴行を受ける等の攻撃を受けたことからなされたものであるところ,正当防衛が成立しないか(36条1項)。
      1.  本件では,X及びYが,XのVとの口論を前提として,Vがやってくることを予見しつつ,犯行に使用した包丁を準備していた等の事情があるところ,VのYに対する頭部及び顔面を殴り,腰や大腿部を蹴る暴行ないし転倒させられ,Yの背に右足を乗せられ動きを封じられているというYの「身体」に対する「不正の侵害」状況について,急迫性が否定されないか。
      2.  そもそも,急迫性は,不正の侵害が現に押し迫っていることをいう。確かに,侵害を予期していれば急迫性は否定されるように思えるが,法は侵害に対する回避義務を負わせているものではない。正当防衛の正当化根拠は,法益に対する緊急的な侵害状況における防衛行為を通じた法益の自己保全(法確証の利益)を承認すべき点にある。そうだとすれば,単なる侵害予期ないしこれに備えた一定の準備自体によっては,急迫性は否定されず,むしろ法益の自己保全に資するといえる。他方で,侵害状況を予期するのみならず,これに名を借りた積極的な加害行為を意図していたときは,もはや正当防衛としての正当化根拠を欠くから,急迫性が否定される。
      3.  本件についてみると,Xは,Vとの電話口での口論の末,Vから「待っていろ。」といって電話を切られたことで,後ほどVがX宅に因縁をつけてやってくることを予期している。そして,その趣旨をYに伝え,Yもこれを認識している。さらに,両者は,Vとの暴力沙汰になることを想定し,出刃包丁を準備し,これを勝手口付近において準備していたものである。かかる事情からは,X及びYは,Vとの暴力沙汰になることを予期し,これに備えた護身道具を準備したというにとどまり,いずれもVに対する積極的な侵害行為を行う意図は見られない。したがって,本件で,VのYに対する不正の侵害行為について,急迫性は否定されない。
      4.  また,Xとしては,弟YがVにより暴行を受けている状況を認識して,Vの身体が危ないと感じて上記行為に及んでいるから,VのYに対する侵害を避けようという単純な心理状態で応戦したものといえ,「防衛するため」であったといえる。
      5.  もっとも,上記行為がVの侵害を排除するため「やむを得ずした」行為といえるか。「やむを得ずした」行為とは,行為の必要最小限度性すなわち必要性及び相当性が認められることをいう。
      6.  本件についてみると,Yを踏みつけているVの右足を除去してYを解放し侵害から逃避させるためには,かかる右足に攻撃を加えることが必要であったといえる。もっとも,XとYは共謀関係にあり,Vとは2対1であったほか,素手のVに対して出刃包丁という凶器で応戦することは武器対等の原則の観点からも,相当性を欠くように思える。しかし,YはVの攻撃を受け,地面に伏せられ,身動きがとれない状況にあったのであるから,Xは実質的に1人で応戦せざるをえず,上記行為の態様としては,Yが侵害を受けている右足のみを狙い,1回だけ突き刺したにすぎない。かかる程度の行為は,かかる事実関係の下においては,相当でないとまではいえない。
      7.  したがって,Xの上記行為について,正当防衛が成立する(36条1項)。
    7.  よって,Xの上記行為については,犯罪が成立しない。
  2. XがVの左胸部を突き刺した行為について
    1.  かかる行為について,Vに対する殺人罪の共同正犯(60条,199条)の成否を検討する。
    2.  まず,「人を殺」す行為とは,同罪が人の生命を保護法益とする具体的危険犯たる犯罪類型であることをも考慮すれば,人の生命侵害を惹起する具体的かつ現実的危険を有する行為をいうと解される。本件でも,Xは,Vに対し,刃渡り25センチメートルにも及ぶ出刃包丁という刃物で,その左胸部という心臓の位置する身体の枢要部を力いっぱいという激しい態様で突き刺しており,これはVの心臓に損傷を与え,Vの生命侵害を惹起する具体的かつ現実的危険を有する行為であるといえ,殺人の実行行為にあたるといえる。  
    3.  もっとも,Yとしては,Vからの暴行等に応戦し,出刃包丁で立ち向かい,同人に障害を加えるところまでは認識予見があるといえる一方,死亡させることについては認識予見がなかったといえる。ここで,一部実行全部責任の法理の根拠は,特定の犯罪遂行の共同意思に基礎を置くから,「共同」とは犯罪の共同である。そのため,共同正犯においては,犯罪の共同が必要であるところ,行為者間で故意が異なる場合には,当該犯罪について共同正犯は成立しない。もっとも,保護法益ないし行為態様の共通性の観点から,大小関係にある場合には,その実質的重なり合いの限度で共同正犯は成立すると解される。本件でも,X及びYは,傷害罪の限度で,XのVに対する左胸部の刺傷行為について共同正犯が成立しうる 
    4.  これによりVは死亡しており,無論 ,まさしく上記行為の危険が,心臓停止という死因を招来したといえるから,危険の現実化がみられる。そして,Xは,出刃包丁という凶器で,上記の行為態様で,左胸部を狙っていったと考えられることからして,Vの死亡を認識予見し,これを認容したものといえるから、故意も認められる。
    5.  そうだとしても,Xとしては,上記行為はVが「何をしやがる。」といいながらXに近づいてきたため,Yのみならず自己への危険を感じたことを契機とするものであった。そこで,上記Xの行為についても,正当防衛が成立しないか(36条1項)。
      1.  確かに,Xとしては,上記右腿への攻撃によりVが怯んだかと思いきや,「何をしやがる。」などと攻撃の意思を感じさせる言葉を吐きながらVが向かってきたことから,YないしXへの侵害が現に差し迫っていたものといえそうである。
      2.  しかし,これは,直前にYがうずくまったVに対して下半身を前方から1回蹴りつけるという暴行行為に起因したものであった。かかる暴行行為の次の瞬間,VがXらに向かってきたのである。かかる事実関係からすれば,上記暴行行為と時間的場所的に接着し,これに起因して生じたVによる侵害行為については,Yの行為ではあるがXも含めて自招侵害であるといえ,これに対する反撃行為については,上記正当防衛の趣旨から正当化することはできないと解される。
      3.  したがって,上記Vに対する左胸部への刺傷行為について独立して正当防衛は成立しえない。
    6.  もっとも, Vが再度Xに向かってきた契機となったYの暴行は,Vから再度暴行を受けることを恐れたゆえのものであった。そこで,Xの上記行為は,Vからの最初の侵害行為に対する防衛行為として一体として捉え,これに量的に過剰な防衛行為をしたものとして全体として過剰防衛とならないか(36条2項)。
      1.  ここで,本件ではVがXによる右腿への刺傷行為によりうずくまった時点において侵害状況はいったん解消されたものと言わざるを得ない。このような場合,当初の防衛行為との断絶があるから,侵害終了後の防衛行為については新たな共謀が成立したことを前提として,行為態様の同質性,防衛の意思の連続性といった観点から侵害終了前の暴行との一連一体性が認められる場合には,全体として1個の過剰防衛が成立しうると考える。
      2.  本件についてみると,Vがうずくまった後,Yはそのわずかな隙に立ち上がり,Vからの再度の暴行を受けることを恐れて同人の下半身を蹴る暴行を加えており,これは一連一体の行為としてなされている。そして,Vは,Xの方に向き直って,今度はXに対する侵害状況を生じており,これは当初の侵害とは一応別個のものである。一方で,これに対してXは,一緒にいたYとともに,自己への危険を生じている。故に、これにより両者は,新たな共謀をし,時間的場所的に近接して,連続した過程の中で,Xは再度包丁をもって応戦しており,行為の同質性及び防衛の意思の連続性があり,全体として,一連一体のものであるといえる。
    7.  Xの上記行為について,殺人罪の単独犯(199条)として,Yは傷害致死罪の共同正犯(60条,205条)として過剰防衛となる(36条2項)。 

                                     以上

刑法第2問

  1. A社とCの間における本件心水玉を6か月間無償貸与する契約を締結した行為
    1.  かかる行為につき,背任罪(247条)の成否を検討する 
    2.  「他人のためにその事務を処理する者」は,背任罪の本質が一定の事務処理関係につき,法律上又は事実上の信頼関係に違背して本人に財産上の損害を加える点にあることから,法令又は契約等に基づき事務を処理する者のみならず,主として他人の事務を処理する者も含まれる。
    3.  本件についてみると,Xは,A社において,関東地区のブロック長の立場にあったところ,雇用契約民法623条参照)に基づき本件心水玉に関する営業権限を与えられていたものと解される。そして,これに基づき本件心水玉の売り込み等に関し事務処理をする者であったといえる。ゆえに,Xは,本件心水玉の売り込み等営業につきA社の事務を処理する者であったといえる。
    4.  「任務に背く行為」とは,当該事務処理権限に基づく信任関係に違背する行為すなわち本人の利益を図るべく期待された行為をせず,あるいはこれに反する行為をいう。 しかしながら,本件では,Cはリストラされており,退職金を食いつぶしながら生活をしていたこと,手持ちの現金すらなく,開店にあたって退職金の残額すべてをつぎ込んだ上で,親から300万円を借りることまでしていたことからすると,Cの資力にはおよそ疑うべき事情があったといえる。そうすると,本件心水玉を無償で貸与することは,契約時点において対価を取得できない形式であった点において,XとしてはA社の収益を図るべく期待された信任関係に違背したものといえる。
    5.  したがって,任務違背行為であるといえる。
    6.  Xは,A社との間で,上記の通り,本件心水玉に関する営業権限を与えられていたことから,これを売りこむ契約をとりつけるなどして収益を得ることを期待されていたものと考えられる。本件では,XはCとの間で,A社がCに対し本件心水玉をC店の開店から6か月間無償で貸与する契約をしている。これは,無償であることから,A社にとり収益性がなく,およそかかる権限に基づきXにおいて期待された行為と言えないように思える。もっとも,契約の条件によれば,6か月後においてCは本件心水玉の価格50万円を支払うすなわち買い取るか,それが難しい場合には返還を受けるというものであった。そのため,収益性がなかったとはいえないともいいうる。
    7. 「財産上の損害」とは,背任罪が全体財産に対する犯罪であることから,本人の有する財産的利益を低下させたことをいうと解する。
    8.  本件では,Xは結局Cに本件心水玉を売り,50万円を取得することないし返還を受けることに失敗しており,本件心水玉にかかる対価相当額について「財産上の損害」 を生じているといえる。
    9.  「自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的」とは,主として自己若しくは第三者の利益を図りあるいは本人の利益を図る意図が存在しないことをいうと解される。 したがって,Xには図利あるいは加害目的がない。
    10.  本件では,Xとしては,Cの資力にはかなり疑うべき事情がありつつも,本件心水玉が数年前から売られ,これが講演会などを通じて評判となり,熱烈に支持されており,その収益性は高いものであった。また,X自身もこれにほれ込んでおり,たとえCの収益性に多少難があり,一定のリスクが伴っていたとしても,これを本件心水玉の評判でカバーし,収益性を補いつつ,ひいてはCがそこから繁盛することでさらに本件心水玉の評判が高まり,これはA社にとっても利益となるものであったといえる。そして,Xもこれを認識していたことからすれば,Xとしては主として自己若しくは第三者の利益を図り,あるいはA社の利益を害する意図はなかったといえる。
    11.  以上より,Xの上記行為について,背任罪は成立しない。
  2. Cに対し本件心水玉の返還を懇願した行為
    1.  かかる行為につき,詐欺未遂罪(250条,246条1項)の成否を検討する。
    2.  本件で「人を欺」く行為があるか否かが問題となるところ,これは被害者の財物交付に向けられた,その交付の判断の基礎となる重要な事実を偽ることをいう。そして,これは社会経済上通常行われる取引に際しての交渉・駆け引きとの当罰性を画するべく,行為の内容,性質,具体的態様等から客観的に判断して,社会通念上相当なものといえるかどうかによって決するべきである
    3.  本件についてみると,Xは,「実は,今日心水玉をもって帰るか,代金を回収するかしないと,俺は会社を首になってしまう。」などとCに申し向けている。これは,真実Xがそのような措置を受けることがないにもかかわらず,Cを見限り,同人との関係を断ち切ろうとした意図であったものであるから,かかる点において偽りがあるといえる。これは,Cにとり,取引の相手方たるXに迫った危機であるから,いったんXに本件心水玉を返還すべく,これを交付する判断の基礎となる重要な事項であったといえる。
    4.  しかしながら,本件では,上記契約条件において,CはXをしてA社に対して代金50万円を支払うか,本件心水玉を返還するかのいずれかを選択するべきものであった。そして,Cが代金を用意できなかった以上,Xとしてはその返還を受けるべき正当な理由があったといえる。そうすると,Cが返還をもごねたことから,Xとしては,取引上の駆け引きとして,Cから何としても本件心水玉の返還を受けるべく,多少事情を偽ることも無理からぬことであったといえる。そして,その態様も,泣き落としであり,演技をしたものと解されるが,かかる程度のものであれば,通常の取引でもありえないものではなく,社会通念上相当な態様のものであったといえる。
    5.  したがって,Xの行為は欺罔行為にあたらない。
    6.  よって,Xの上記行為について詐欺未遂罪は成立しない。
  3. Cに20万円を渡させた行為
    1.  かかる行為について,恐喝罪(249条1項)の成否を検討する。
    2.  「人を恐喝」する行為とは,人を畏怖させるに足りる程度の害悪の告知をいう。そして,特に債権者が債務者に対する権利行使として,追及する場合,本来適法な債権者の督促行為との当罰性を画する必要がある。そこで,当該行為が債権者の権利の範囲内であり,かつ社会通念上相当な行為態様で行われる限り,恐喝行為にあたらず,同罪は成立しないと解する。 しかし,Xは,「返さなかったら,店がどうなっても知らんぞ。うちの会社には,すぐに手が出る若い衆もいるんだぞ。何なら今から呼び出そうか。」などと語気鋭く申し向けている。これは,Cないし店に対し,力づくで代金を回収しようとその身体ないし財産等に対し害悪を加える旨のものであり,その態様は客観的にみてやくざのやり方ともいえるものであり,社会通念上相当なものとは言い難い。
    3.  したがって,Xは,Cを恐喝しているといえる。
    4.  確かに,Xは,本件心水玉をCが割り,破損したことから,「代金を支払ってもらおう」として,その支払を要求している。これは,当初の契約内容とも合致することから,およそ権利の範囲内のものであるといえる。
    5.  そして,これに基づいてCはXに20万円を渡し,もってXは20万円の移転を受けているから,財物を交付させたといえる。
    6.  よって,故意に欠けることもない以上,Xの上記行為について恐喝罪(249条1項)が成立する。
  4.  以上より,XはCに20万円を交付させた行為について恐喝罪の罪責を負う。

                                     以上

 

*追記

いわゆる権利行使と恐喝の論点について

判例の立場は,構成要件該当性(恐喝行為とか)の問題ではなく,違法性阻却事由の問題である。

 

 

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