平成30年度(昨年) 一橋ロー再現答案 民法

 

民法 第1問

  1. 小問(1)
    1.  Bは,1980年に甲土地を,Aとの売買(555条)により取得し,引渡しを受けているところ,1990年時点において10年間占有を継続したとして取得時効を主張すると考えられる(162条2項,145条)。これが認められるためには,「所有の意思をもって」,「平穏,かつ公然と」,「他人の物」を「10年間」「占有した」こと及び「占有開始時において善意で,かつ過失が無かったことを要する。
      1.  まず,問題となるのは,Bは甲土地を,上記の通り,売買により所有権を取得している(176条参照)ことから,「他人の物」の要件が充たされるかという点である。 ゆえに,かかる要件については,これが「他人の物」であることを要しない。 したがって,Bは、Cとの関係で甲の所有権を主張しえず,かつ所有権の弾力性から,Bは当初から甲の所有権を取得しなかったこととなり,結局「他人の物」たる甲を占有していたといえる。
      2.  もっとも,本件では,Bは,上記売買の時点において,甲の登記名義の移転を受けることがなかった。そして,その後1985年に,CがAから甲の売却を受けたことにより,CもAから甲の所有権を取得することとなった。そのため,Aを起点とした二重譲渡が生じており,両者は対抗関係に立つところ,Cが登記の移転を受けている以上,同人が背信的悪意者たる事情も特にない本件においては,Cとの関係でBは甲の所有権を主張できない。
      3.  そもそも,時効制度の趣旨は,一定期間継続した事実関係を尊重し,これに法的承認を与え,もって法的安定に資する点にある。取得時効においては,特にかかる趣旨から,取得時効を主張する者の占有継続に対して権利者としての承認を与えるものである。そうだとすれば,「自己の物」であっても,占有という事実状態に対する法的承認を与えるという趣旨に反するところではなく,単に自己物の時効取得に必ずしも実際上の利益があるというわけではないというにすぎない。
      4.  そして,Bは,甲を1980年にAとの売買により取得し,その引渡しを受け,1990年現在においてこれを占有しているから,その間占有が途絶えた事情のない以上,甲を10年間占有したといえる(186条2項)。また,これにより,Bは,平穏かつ公然と,善意に,甲を占有していたことが推定され(同条1項),かつBにおいて,甲が自己の物でないと知っていたという事情もない。そして,Bは,Aとの売買を原因として甲を取得している以上,甲が自己の所有でないことにつき疑う事情はなく,無過失であったといえる。
      5.  したがって,Bには,甲につき10年間の占有による時効取得が認められる。
    2.  そうだとしても,Bは,甲の時効取得につき,登記なくしてこれをCに主張することができるか。
      1.  登記は,不動産物権変動にかかる権利関係を画一的に処理し,もって不動産取引の安全に資するための制度である。そして,登記による公示により物権変動の帰属が決されるべき場面は,当該不動産にかかる権利関係について相争う対抗関係が生じた場面である。ゆえに,不動産の権利取得につき登記を要する場面というのは,このような対抗関係が生じる場面である。また,実質的な価値判断としても,権利変動の原因が発生する以前には,登記による公示をなしえない。そのため,登記による公示を要求することができるのは,不動産にかかる権利関係の原因が生じた以後の場面であると考えられる。
      2.  本小問の場合についてみると,Cは,1985年にAから甲の売却を受け,所有権を取得している。他方,Bは,1990年に162条2項に基づく取得時効が完成し,これによりCの所有権の取得原因を生じている。そうすると,Cは,Bの取得時効完成前の第三取得者ということになる。そして,この場面においては,甲に係る物権変動については,AからC,CからBへの順次承継関係が生じているがごとき構図となる。そのため,C及びBは,甲にかかる物権変動の前主・後主の関係,すなわち当事者類似の関係にたつ。そのため,Bは,甲の時効取得似ついて、Cとの間で対抗関係に立たない。
      3.  また,Bとしては,1990年の時効完成以前には,これを原因とする所有権移転登記をなしえないのであるから,Bの時効取得主張について,登記の具備を要求することはおよそ酷である。
      4.  したがって,Bは,時効取得について,Cに対して登記なくしてこれを主張することができる。
    3.  以上より,Bは,Cに対して,10年の占有継続による甲の時効取得を主張することができる。
  2. 小問(2)
    1.  本小問で,Bが甲の所有権を時効取得したと主張するには,1980年の占有開始から2005年現在において25年経過していることから,10年の取得時効及び20年の取得時効のいずれも主張することができるが,それぞれ場合分けして検討する。
    2. 10年の取得時効(162条2項)を主張する場合
      1.  かかる場合,BがDに対して取得時効を主張するにあたって,登記を要するかについて問題となる。
      2.  ここでも,上記見地に立って,登記の要否を検討すると,Dは,1995年にCに対する債権を担保するために甲土地について抵当権の設定を受けている。これは,Bの1990年におけるBの10年の取得時効完成時点よりも後である。ゆえに,Dは,小問(1)と異なり,時効完成後に現れた者である。そして,抵当権は,非占有担保権であり,目的物の交換価値を把握し,その実現により優先弁済を受ける権利である(369条参照)であるところ,所有権の制限物権たる担保物権として位置づけられるから,所有権を取得する者との間で実質的な対抗関係に立つといえ,登記の欠缺を主張する正当な利益を有する「第三者」(177条参照)たりうる。そのため,Dは,Bとの間で甲土地について対抗関係に立つといえる。なお,CないしDの法的地位の安定を確保するべく,時効の起算点については,取得時効を主張する者が任意にこれを動かすことは許されないと解され,やはり1980年からの取得時効については,Dは,時効完成後の第三者といえる。
      3.  したがって,Bが取得時効を主張するには,登記が必要であるといえそうである。
      4.  そして,Bとしても,1990年を経過して時効が完成した以上,時効取得を原因とする登記をすることができたのであるから,10年の取得時効に基づく物権変動の主張について登記の懈怠という消極的価値判断も妥当する。
      5.  もっとも,2005年現在において,Dの抵当権設定ないしその登記から,Bはさらに10年の期間占有継続しているが,これに基づいてなお取得時効を主張しえないか。 そして,かかる場合,Dは時効完成前の第三者ということになるから,登記なくしてBは時効取得を主張することができる。
      6.  上記の時効制度の趣旨からすれば,さらに必要な時効期間占有継続すれば,それに法的保護を与えるべきでないと解する理由はないといえる。そして,時効取得者としては,原始取得により制限のない所有権を取得できるから,これを認めるべき必要もある。そのため,さらに必要な時効期間を経過すれば,これに基づき取得時効を主張しうる。したがって,Bは,Dに対して1995年から2005年の10年間なお甲の占有を継続したことにより10年の時効取得を主張することができると解する(162条2項)。
      7.  よって,Bは,Dに対して1995年から2005年までの10年の占有継続を主張して,取得時効を援用しこれを主張できる。なお,これは実質的にBに起算点を動かすことを認めるような形となり不当に思える。しかし,あくまで10年のさらなる占有継続を根拠とするから,起算点自体を動かすものではない。むしろ,継続的な事実状態に対する法的承認という時効制度の趣旨からすれば,このような法的保護を与えることにことそその存在意義があるといえる。
    3. 20年の取得時効(同条1項)を主張する場合
      1.  かかる場合,Bは,2000年において,20年の取得時効が完成したとして,Dに対し時効取得を主張するものである(162条1項)。これには,占有開始時の善意無過失は要求されない。
      2.  そして,Bがこれを主張するには,登記を要しない。なぜなら,Dは,1995年に現れた第三者でありこれはBの時効完成前であるため,上記の理由から,DはBとの間で対抗関係に立たないからである。
      3.  したがって,Bは,Dに対して登記なくして20年の占有継続により取得時効を主張しうる。かかる場合も,主観的要件において緩やかな20年の占有継続の場合をBが選択しさえすれば,Dに対して取得時効を主張しうる点,不当であるように思える。しかし,これも20年というより長い期間占有継続したことに対する高度の法的保護であるから,主観的要件が緩やかであるゆえに,その取得時効の主張が妥当でないというのはあたらない。

                                     以上

 

民法 第2問

  1. ①の反論について
    1.  Cの①の反論は,より具体的には,CがAに対する債権担保のために設定を受けた譲渡担保権という権利の法的性質が担保権であるため,本件建物の所有権を有するものではないから,建物収去土地明渡義務はないというものである。そこで,譲渡担保権の法的性質について,以下検討する。
    2.  そもそも,譲渡担保権というのは,所有権を法形式とし,占有を設定者の下に留め使用収益権限を残しつつ,交換価値を把握しておいて,処分権限の行使によりこれを実現しもって優先弁済権行使の私的実現を図る非典型担保物権である。このような担保物権たる位置づけから,Cの反論のいうように,その法的性質を担保権であると解することには一理あるといえる。しかし,これによって所有権が移転するものではないというのは,所有権という法形式を無視するものであって,妥当でない。登記簿上も,所有権移転登記としてなされ,単にその原因が譲渡担保とされるにすぎない。
    3.  上記譲渡担保権の概念からすれば,譲渡担保権者は,その設定により一応所有権を取得するものと解すべきである。もっとも,その目的は価値支配権ないし交換価値の私的実現による優先弁済権行使という債権担保目的にある。そのため,所有権移転の効力は,債権担保の目的の限度において認められるものと解される。すなわち,設定者は,被担保債権を弁済することによって目的物を受戻すことができ,他面譲渡担保権者は所有権を取得することから,実際上その処分権限の行使は否定されない。
    4.  したがって,譲渡担保権の法的性質は,所有権であるというべきである。そのため,Cは本件建物の所有権の移転を受けるものである。なお,これについて登記を経由していることから,土地の明渡について建物による占有が必然的に伴うものであり,土地の権利者が請求客体を確知するための基準の明確性の観点から,建物の収去義務を負うのはCということになると解する。このように,上記①のCの反論は失当であるといえる。
  2. ②の反論について
    1.  Cの②の反論は,より具体的には,Aの有する土地賃借権にもCの譲渡担保権の効力が及び,これに基づき土地賃借権がCに移転しているから,Cには占有権原が認められるというものであると考えられる。そこで,以下,Cの譲渡担保権がAの有する土地賃借権に及ぶか,そして,これにより土地賃借権がCに移転するかについて検討する。
    2.  まず,譲渡担保権が土地賃借権に及ぶかについてである。
      1.  この点,本件Cの譲渡担保権は,本件建物について設定されている不動産譲渡担保権である。これは設定者の下に使用収益権限が残存しており,目的物の価値支配権及び優先弁済権の実現を目的とする点において抵当権(369条)と共通する性質を持つといえるため,抵当権にかかる規定を準用して規律されると解される。
      2.  そうすると,譲渡担保権の効力は,「付加して一体となっている物」について及ぶ(370条本文)。ところが,土地賃借権は,賃貸借契約(601条)に基づく「権利」であって「物」ではない。そのため,370条本文の適用はない。
      3.  もっとも、譲渡担保権は,目的物の交換価値を支配し,所有権に内在する処分権限行使によりその私的実現を図るものである。そうだとすれば,権利であっても,これが目的物の交換価値を高める性質を持つものであれば,当然に譲渡担保権者はこれを交換価値に含めて,効力が及ぶものとしていると考えられる。特に,建物の譲渡担保の場合,建物抵当権において言えるように,土地賃借権が付着するものは一般にその交換価値を高めるものである。そうだとすれば,建物譲渡担保権者としては,これをいわば「従たる権利」としてその効力が及び,交換価値の対象となると考えているといえる。
      4.  したがって,土地賃借権についても,370条本文の類推適用により,建物譲渡担保権の効力が及ぶ。かかる点については,Cの反論は正当なものと言える。
    3.  ところが,譲渡担保権の効力が及ぶことと,効力が及ぶ対象が譲渡担保権者に移転するか否かは別次元の問題である。そのため,これについては別途検討を要する。しかし,譲渡担保権は,上記の通り,本来非占有担保権である。そのため,譲渡担保権の「債権担保の目的」のために占有権原たる土地賃借権を取得することまでは必要と言えない。あくまで,目的物の処分実行に際して,土地賃借権が付着する建物の,より高い交換価値の実現に資することが目的である。そうだとすれば,建物譲渡担保権者に移転する所有権の移転の効力としては,譲渡担保権者が目的物の占有をも取得する趣旨のものであるなどの事情がない限り,土地賃借権が当然に移転するものではない。
    4. 本件では,Cは譲渡担保権の設定を受けたが,本件建物の占有をも取得する趣旨ではなかったと解される。このことは,AがBに対して建物「退去」明渡請求をしていることからも裏付けられる。
    5.  ここで,譲渡担保権において,所有権移転の効力は,「債権担保の目的」の限度に限られるのであった。本来,土地賃借権は,建物所有目的の場合,通常当該建物の所有権の移転に伴い随伴して移転する。その根拠は,土地賃借権が土地上の建物所有による土地の占有を正当化する権原としての機能を果たす点にある。
    6.  したがって,Cは譲渡担保権の設定を受け本件建物の所有権を取得することにより土地賃借権の移転を設けるものではないから,かかる点においてCの反論は失当であると考える。
  3.  以上によれば,Cは,本件土地賃借権に基づく占有権原も有せず,本件建物について収去土地明渡義務を負うこととなるから,Bの請求は認められる。

                                     以上