H30司法試験予備試験 刑事訴訟法 再現答案

  1. 設問1
    1.  前提として,Pらによる甲に対する職務質問(警察官職務執行法(以下,警職法という。)2条1項)の適法性については,甲はPと目が合うやいなや,急に慌てた様子で走り出している事情,場所が凶器を使用した強盗等犯罪の多発地域であったことから,不審事由(警職法2条1項)があるといえ,適法である。
    2.  ①の適法性について,①は「甲のシャツの上からへそ付近を右手で触った」という行為であるが,所持品検査たる性質を有することから,職務質問における所持品検査としての適法性を検討する。
      1.  職務質問に際しての所持品検査は,明文がないため法的根拠が問題となる。そもそも,職務質問は,犯罪の予防,鎮圧を目的とする行政警察活動である。行政警察活動は流動的な性質を有する。所持品検査は,職務質問の目的を達成するため有効かつ実効的なものである。そのため,職務質問に付随して,対象者の任意の承諾を得て行われる限り,原則として適法であると解すべきである。
      2.  もっとも,承諾がなくても,強制にわたらない限り,直ちに違法とはならない。
      3.  本件では,Pは,外観上「甲のシャツのへそ付近が不自然に膨らんでいる」ことが見受けられたことから,これに不審な点があるといえ,職務質問に付随してその内容を確かめるための所持品検査をなしうる。もっとも,Pが甲に対し「服の下に何か持っていませんか。」と質問したが,任意に中身を見せておらず,承諾はなかった。
      4.  しかし,上記①の行為は,外側から触れてシャツの下の物を確認しているにすぎない。そのため,外側から確認できないシャツ内の領域に侵入するなど,捜索のような性質はなく,甲のプライバシー(憲法35条1項,13条参照)を侵害する程度は低い。
      5.  したがって,①の所持品検査は,直ちに違法とはならない。
    3.  もっとも,所持品検査も,職務質問に付随する限度で認められるのであって,警察比例の原則(警職法1条2項)から,必要性,緊急性及び所持品検査をすることにより得られる利益と対象者の被る不利益との均衡を失する場合は,違法となると解される。
      1.  必要性ないし緊急性について,本件では,Pらが警らしていた時間は,午前3時ごろという真夜中であった。また,先述の通り,甲を発見した場所は,凶器を使用した強盗等犯罪多発地域であるH市I市J町であった。そして,甲は,最初にPが声を掛けた際も,急に慌てて逃げようとしていた上,シャツの下が不自然に膨らんでおり,何らかの物を隠していることが明らかである。さらに,甲は,Pが任意の開示を要求したのに対して拒んでいるほか,甲の腹部がPの右手に触れた際,「固い物」の感触がしたのである。かかる状況から,当該物が凶器その他危険物を隠している可能性が合理的に判断されたのである。
      2. 以上の点から,Pらとしては,甲がシャツの下に隠している物を確認する必要性があったといえる。また,甲が立ち去ろうとしていたため,その場で確認し,犯罪の予防鎮圧のため緊急性もあった。
      3.  相当性については,外側から触ることで相当程度物の形状を確認し,内容物を推測することができ,犯罪の予防鎮圧に資する利益がある一方,外側から触れられた程度では,甲のプライバシーが侵害される程度は,物の形状から中身が推認される程度にすぎない。ゆえに,甲の被る不利益は,①により得られる利益との均衡を失しない。
      4.  よって,①は,所持品検査として適法である。
    4.  では,②の適法性については,どうか。前提として,甲について規制薬物等犯罪に関わる物を隠しもっている可能性があると判断されており,具体的な犯罪について嫌疑が生じ,犯罪の捜査(刑事訴訟法(以下,法という。)189条2項)に移行したと考えられる。そこで,②の適法性について,以下法の規律によって検討する(警職法2条3項,197条1項本文)。
      1.  まず,②の行為は,Qが甲を羽交い絞めにした行為と,Pが甲のシャツの中に手を差し入れてウェスト部分にあった物を取り出すという2つに分析される。
        1.  197条1項但書にいう「強制の処分」にあたる場合,「法律に特別の定」めがない限り強制処分法定主義に反し違法となる。「強制の処分」とは,個人の意思を制圧し,対象者の身体,住居,財産等の重要な権利ないし利益を侵害する処分をいう。
        2.  Qが甲を羽交い絞めにした行為は,Qの身体に対する有形力の行使であって,およそ甲の意思を制圧するものである。もっとも,これは瞬間的なものであって,長時間に及ぶ逮捕たる性質はない。そのため,かかる身体拘束は,「重要な」権利ないし利益の侵害にはあたらず,「強制の処分」にあたらない。
        3.  もっとも,捜査比例の原則(197条1項本文参照)から,必要性及び具体的事情の下での相当性が認められない限り,任意捜査の限界を超え違法となると解される。
        4.  本件では,①の後,甲はなおPらの要求にも再三応じず,「嫌だ。」と腹部を押さえて開示の態度を変えなかった。また,甲は,規制薬物という重大犯罪についての嫌疑があったことから,隠している物の中身を確認するために甲の腕を引き離す必要があったといえる。そして,かかる身体拘束は,きわめて一時的であったことからすれば,具体的状況の下で相当な限度を超えるとは言えない。
        5.  よって,Qによる羽交い絞め行為は,適法であると考えられる。
      2.  もっとも,次の通り,Pが甲のシャツの中に手を差し入れて,ズボンのウェストに挟まれていた物を取り出した行為は,違法である。
        1.  「強制の処分」に該当するか否かという点について,かかる行為は,本来外部からは認識できないであろう甲のシャツの中に手を差し入れるという態様から,厳密には有形力の行使であるとはいえなくても,甲の意思を制圧しているといえる。また,人の着衣の内部は,通常外部からの認識に晒されず,高度のプライバシー領域である上(憲法35条,13条),対象者の羞恥心などを害する。そのため,かかる利益は重要な権利利益である。
        2.  したがって,Pの行為は,「強制の処分」にあたる(法197条1項但書)。
        3.  そして,「法律に特別の定」めのある行為類型にあてはまる場合,Pの行為は,令状なくして行った点において令状主義違反(憲法35条,法218条1項)にあたるところ,甲のシャツの中に手を差し入れている点については,捜索(法102条1項参照)にあたる。よって,Pの行為は,令状主義違反に基づく違法がある。
      3.  以上より,②は,Pが甲のシャツに手を差し入れた行為は,違法である。
  2.  設問2
    1.  本件覚せい剤の証拠能力については,これが上記②の違法な手続に基づき採取されたものであることから,違法収集証拠として証拠能力が否定されないかが問題となる。
      1.  適正手続の要請(憲法31条,法1条),司法の廉潔性といった一般原理に依拠すれば,違法な手続によって獲得された証拠に基づき裁判を行うのは,かかる法の趣旨に反する。他方で,発見された証拠が手続の違法性ゆえに常に証拠能力を否定されては,真実発見の要請(法1条)ないし適正な刑罰権行使実現に反する。
      2.  したがって,両者の調和の見地から,令状主義の精神を没却する重大な違法があり,かつ将来の違法捜査抑止の見地から証拠能力を付与することが相当でない場合には,違法収集証拠として証拠能力が否定されると解する。
      3.  本件についてみると,②は,特にPが甲のシャツの中に手を差し入れて本件覚せい剤を入手したという点において,本来甲に対する捜索差押許可状をえない限り成し得ないと考えられることから,令状主義の精神を没却する重大な違法がある。
      4.  もっとも,本件覚せい剤は,甲のシャツの下から発見されており,覚せい剤所持罪にあたることは明らかであって,かつこれがその決定的な証拠であるため証拠価値は高い。その反面,Pらとしては,任意提出を再三要求しているほか,もはや令状発付を受けて執行する暇がなかったとも考えられ,将来の違法捜査抑止の見地から証拠能力を認めることが相当でないとはいえない。
    2.  以上より,本件覚せい剤の証拠能力は認められる。 

                                     以上

評価:B

H30司法試験予備試験 刑法 再現答案

  1. 甲の罪責
    1. 甲がA銀行B支店において定期預金の払い戻しを受けた行為
      1.  かかる行為について,詐欺罪(刑法(以下,略す)246条1項)の成否を検討する。
      2.  まず,A銀行B支店の500万円の定期預金が「他人の財物」にあたるかについて,詐欺罪が占有を侵害する交付罪たる類型であるため,甲名義の預金口座にある金銭の占有の所在が問題となる。
      3.  銀行取引では,現代社会では簡易迅速な決済が可能であり,特に普通預金については,ATMなどでキャッシュカード及び暗証番号入力により容易に預金を動かすことができる。そのため,口座名義人は,預金債権ではなく,預金そのものを占有していると考えられる。しかし,定期預金は,契約期限までは窓口での手続が必要であり,普通預金と同様に論ずべきでなく,口座名義人ではなく,銀行が占有すると解される。
      4.  したがって,500万円は,A銀行B支店の占有する「他人の財物」にあたる。
      5. 「人を欺」く行為とは,財物交付の判断基礎となる重要な事実を偽ることをいう。重要な事実の内容は,取引の内容,性質等により具体的に判断される。
      6.  本件で,甲が行ったA銀行B支店との取引は,500万円の定期預金の払い戻しである。定期預金の払戻を行うには,解約手続として所定の手続を経る必要があり,その際様々な書類が必要となる。かかる書類として,届出印のほか,定期預金証書を提示する必要がある。その趣旨は,本人確認等の観点に基づくと考えられる。もっとも,かかる証書がなくても,払戻自体は,代替する本人確認手続をすれば引き出しが可能である。本件でも,A銀行B支店係員Cは,A銀行所定の本人確認手続により,甲を口座名義人と確認し,払戻に応じている。そうすると,定期預金証書があるか否かは,交付の判断基礎となる重要な事実でないように思える。
      7.  しかし,本来,定期預金証書自体は,名義人本人が保管するものであって,当該証書が存在しない場合は,定期預金の払戻期限前の解約を行うことはできない。そうすると,甲が,自己の定期預金証書をVに預託した状態であった事実は,A銀行B支店としては,交付の判断基礎となる重要な事実であったというべきである。すなわち,かかる事実を偽った場合,実質的に定期預金の払戻を社会通念上別個の支払とする程度の変更を与える。そして,甲は,定期預金証書をVに預託している事実を秘して,紛失したことを装い,かかる事実を偽っている。
      8.  したがって,甲は,A銀行B支店が500万円の払戻しに応じる判断基礎となる重要な事実を偽っているといえ,「人を欺い」たものであるといえる。
      9.  そして,窓口対応をした係員Cは,甲の言を信用し,甲が証書を紛失したものであると誤信し,再発行手続を行い,解約手続を経て,500万円を交付し,甲が受け取ったのであるから,甲は,500万円を「交付させた」といえる。
      10.  以上より,故意(38条1項本文)を否定すべき事情もない以上,詐欺罪が成立する。
    2. Vに対する横領罪(252条1項)の成否
      1.  500万円の払戻し,あるいはこれを乙に対する借入金返済に充てた行為につき,Vに対する委託物横領罪(252条1項)の成否も,さらに問題となる。
      2.  「自己の占有」する物とは,横領罪が所有権を保護法益とし,委託信任関係の破壊を本質とすることから,委託に基づく目的物の濫用的支配のおそれのある事実上ないし法律上の占有をいうと解される。
      3.  本件で,甲は,Vから,甲の投資会社立ち上げに際しての出資金の保管の委託を受け,500万円を預かった。また,当該500万円を甲名義の上記預金口座で保管していたのであるから,先述のような方法によって甲が定期預金の払戻をうけることのできる状態にあり,濫用的支配のおそれのある法律上の占有を有していた。
      4.  したがって,甲は,本件500万円を「占有」していたといえる。
      5.  そして,500万円は,Vの出捐した金銭であるから,「他人の物」である。
      6.  「横領」とは,上記横領罪の罪質から,委託の趣旨に背いて,ほしいままに,所有者でなければなしえない処分をする不法領得の意思の発現行為,と解される。 したがって,借入金返済行為が,不法領得の意思の発現たる「横領」にあたる。
      7.  本件では,預金の払戻行為,あるいは払い戻した上での乙に対する返済充当行為のいずれについて上記不法領得の発現があるかが問題となる。ここで,Vの委託の趣旨は,500万円を甲の立ち上げる投資会社への出資のみに充てることにあった。そうすると,払戻行為自体は,委託の趣旨に反するとまではいえない。もっとも,甲が乙に対する借入金返済に充てたのは,かかる委託の趣旨に反し,所有者Vでなければ成し得ない処分行為であるということができる。
      8.  以上より,故意に欠ける事情もなく,500万円を借入金返済に充てた行為につき委託物横領罪が成立する。
    3. 乙と共にVを脅して念書の作成ないし交付を受けた行為
      1.  かかる行為について,強盗利得罪の共同正犯(236条2項,60条)の成否を検討する。
      2.  Vを脅した行為は,あくまで乙が行っているが,実行分担者ではない者も,特定の犯罪の共同惹起に主体的に関与した場合には共謀共同正犯として処罰される。すなわち,犯罪遂行の意思連絡(共謀)が認められ,自己の犯罪を実現するべく主体的に関与し(正犯意思),かつ共謀に基づく犯罪実行があれば,共謀共同正犯が成立する。
        1.  本件で,甲は,乙にVから預かった500万円を返済に流用したことを打ち明けた。これに対し,乙が甲に二人でV方に押しかけ,Vを刃物で脅して「甲とVの間には一切の債権債務関係はない」旨の念書を書かせるという強盗(236条2項)を行うことを提案し,甲は,「わかった。」といって,かかる乙の提案をのんでいる。ゆえに,甲乙間において,Vに対する強盗利得罪遂行の共謀があるといえる。
        2.  そして,甲は,Vの500万円流用について,500万円の返還を免れるためにかかる犯罪遂行をするものであると考えられ,主体的に関与する動機がある。また,実際に,甲は,「・・・今すぐここで念書を書け。」などと要求し,財産要求の趣旨を述べて,積極的に犯罪遂行に関与している。ゆえに,自己の犯罪を実現する意思がある。また,乙は,Vに対し,「さっさと書け。・・・俺たちに10万円支払え。」などと言い,Vの胸倉を掴んで喉元にサバイバルナイフの刃先を突き付け,身体ないし生命に害を与える旨,人の反抗を抑圧するに足りる害悪の告知たる「脅迫」(236条1項参照)をし,念書を書かせVの甲に対する債権を放棄させて「財産上の利益得させ」ている。このように,乙は,自ら実行行為を行い,正犯性が優に認められる。
        3.  そして,かかる乙の実行行為は,「絶対に手は出さないでくれ。」という甲の言動を考慮しても,脅すことは否定しておらず,共謀に基づく実行であるといえる。
      3.  したがって,強盗利得罪の共謀共同正犯が成立する。
      4.  なお,乙がVの財布から10万円を抜き去った行為について,強盗罪(236条1項)の共同正犯の成否も問題となり得る。しかし,本件で,甲は,Vから10万円を奪うことに共謀がなかった。仮に現場共謀があったとしても,次の通り,因果性の遮断があり,共犯関係の解消によって以後の乙の行為について罪責を負わない。
      5.  すなわち,甲は,乙が「10万円も払わせよう。」と言ったのに対し,「もうやめよう。」などの言動から心理的因果性が否定され,かつ乙の手を引いて連れ出し,武器のナイフを取り上げて立ち去るなど,物理的因果性を除去するに十分な行動もある。
    4.  以上より,甲には詐欺罪,横領罪,及び強盗罪(236条2項)の共同正犯が成立し,いずれも併合罪(45条前段)となる。
  2.  乙の罪責

 Vに対するサバイバルナイフでの脅迫により,念書を書かせ,甲に交付させた行為については,強盗利得罪の共謀共同正犯が成立する。そして,乙が,Vの財布から10万円を抜き取った行為については,従前の強盗直後であり,恐怖で身動きできなかったVから,奪取し「強取した」といえ,強盗罪(236条1項)となる。両者は併合罪となる(45条前段)。

                                     以上

評価:A

H30司法試験予備試験 民事訴訟法 再現答案

  1. 設問1について
    1.  同一の訴状により,Y及びZを被告とする手段は,共同訴訟の提起であると考えられる。すなわち,通常共同訴訟の提起による手段が考えられる(民事訴訟法(以下,略す)38条)。
    2.   共同訴訟が認められるには,「訴訟の目的である権利又は義務が数人について共通である」場合,「同一の事実上及び法律上の原因に基づく」場合(38条前段),あるいは「訴訟の目的である権利又は義務が同種であって事実上及び法律上同種の原因に基づく場合」(同後段)のいずれかであることを要する。
      1.  「訴訟の目的である権利又は義務が数人について共通である」かについて,本件で,XはYに対して本件絵画を300万円で売り渡したという売買契約に基づき,300万円の代金支払請求をしている。他方,XのZに対する請求は,本件絵画を300万円で売り渡した売買契約に基づく代金支払請求である。両請求は,Y及びZに対して連帯債務に基づき請求するものではなく,本件絵画を300万円で売り渡した買主がいずれであるかという点で異なるにすぎない。
      2.  したがって,XのY及びZに対する請求につき,それぞれの代金支払「義務」が「共通である」とはいえない。
      3.  「同一の事実上及び法律上の原因に基づく」といえるかについては,上記によれば,XのYに対する請求及びZに対する請求のいずれも,本件絵画を300万円で売り渡したという「同一の事実」内容にかかるものである上,かかる内容の売買契約という同一の「法律上の原因に基づく」ものであるといえる。
      4.  したがって,通常共同訴訟の手段を採ることができる(38条前段)。
    3.  もっとも,通常共同訴訟の場合,共同訴訟人独立の原則(39条)により主張共通は認められないと考えられるほか,弁論の分離も法的には制限されない。そこで,必要的共同訴訟によることはできないか(40条)。必要的共同訴訟が認められるには,「合一にのみ確定すべき場合」であることを要する。
      1.  共同訴訟手続が紛争の一挙的解決ないし統一的な解決を図る趣旨であるところ,特に必要的共同訴訟は,手続上訴訟共同を強制させ訴訟行為等において統一性を持たせるなど(40条1項,2項),統一的な紛争解決を図るべき法律上の要請に基づく。そうすると,合一確定の要請があるか否かは,実体法上の権利又は法律関係の内容,性質,訴訟手続上における統一性を要求しないことで紛争解決の実効性が損なわれるなどの事情の有無に照らして,判断されるべきであると解される。
      2.  本件で,XのY及びZに対する請求は,先述の通り,それぞれ本件絵画を300万円で売り渡したという売買契約に基づくものである。実体法上,両請求は,別個の人格主体との間における独立の契約関係として存立するものと扱われる。そうすると,両請求は,法律上両立しうるものであるということができる。そのため,両者の訴訟行為等を法律上共通にさせるといった規律により統一する必要があるとはいえない。 しかし,Y及びZのいずれも買主でないという結論もありうるところ,両立しないという結論自体は,事実上のものであって,法律上の非両立関係はないというべきである。そして,通常共同訴訟の手続上,併合審理がされるのであるから,事実上の両立性が損なわれるのは,その可能性があるというにすぎない。ゆえに,訴訟共同を裏付ける法的必要を基礎づける事情があるとまではいえない。
      3.  もっとも,本件絵画は,特定物であると考えられるから,本件絵画を300万円で売り渡すのは,YあるいはZのいずれかであり,2つの売買契約は両立しないように思える。
      4.  したがって,両請求は「合一にのみ確定すべき場合」ではないから,必要的共同訴訟によることはできない。
  2.  設問2について
    1.  Xは,Yとの訴訟において,Zに対して訴訟告知(53条1項)をしたが,Zは補助参加(42条)しなかった。訴訟告知を受けた者が,訴訟に参加しなかった場合には,「46条の規定の適用について」,「参加しなかったものとみな」される(53条4項)。そこで,かかる効力がZに及ぶかどうかが問題となる。
      1.  そもそも,46条は補助参加人について生じる「効力」の規定であるが,かかる「効力」については明文上明らかでなく解釈が問題となる。 本件では,Yの主張した売買契約成立否認の理由につき,XY間の訴訟では請求棄却の理由となっている。すなわち,本件絵画の買主がZであることが判断されている。
      2. よって,かかる判断事項について参加的効力が生じる。
      3.  46条の趣旨は,補助参加人が被参加人との間で共同戦線を形成し,協働して訴訟追行をしたことに由来して敗訴責任の分担をさせ,もって将来の紛争を予防することにある。そのため,46条にいう「効力」は,被参加人とその相手方との間における紛争解決を志向する既判力(114条1項)とは異なる趣旨に基づくものと考えられる。したがって,かかる趣旨に照らせば,訴訟物たる権利又は法律関係に係る判断のみならず,その前提となる判決理由中の判断事項である先決的法律関係等の判断について生じる特殊な拘束力(参加的効力)であると解される。
      4.  もっとも,これを後訴で用いることができるか。Zが「参加することができる第三者」であるかにつき,ここにいう第三者は,法律上の利害関係を有する者に限られる。
      5.  本件で,YのXに対する売買契約に基づく300万円の代金支払義務について,YはZの代表取締役を務めていることから,事実上の利害関係がある。しかし,両者は異なる人格主体であるから,法的に利害を共通にするものではない。
    2.  したがって,53条4項に基づく46条にいう効力は,Zには及ばず,これを用いることはできない。
  3.  設問3について
    1.  弁論の分離(152条1項)は,裁判長の訴訟指揮権の発動たるものである。そのため,裁量権の逸脱ないし濫用にあたるべき事情が,主張の根拠となる。そこで,いかなる事情が裁量権の逸脱濫用にあたるかが問題となる。
      1.  訴訟指揮権は,そもそも訴訟手続を運営する裁判長の合目的的かつ広範な裁量を尊重する趣旨である。特に,弁論の分離は,当該事案において,併合審理をすることが訴訟運営上審理の複雑化,訴訟遅延の弊害等が生じるおそれがある場合に,かかる事態を回避するための制度である。そのため,当該事案において,具体的事情に照らし,かかる弁論の分離の目的に照らし明らかに合理性を欠く事情がある場合には,裁量権の逸脱濫用があるといえる。
      2.  したがって,かかる合理性を欠く事情が根拠となり得る。
      3.  本件では,XY間の訴訟では,Yが,Zが本件絵画を買い受けた者であるとして売買契約成立の否認の理由を述べている。そのため,XYZ間において,本件絵画を買い受けた者が,YかZのいずれか一方であることについては,争いがないものと考えられる。そうすると,Y及びZに対するXによる売買代金支払請求訴訟について,Xはいずれか一方との関係では勝訴が明らかに見込まれるものであった。そのため,ここで弁論を分離した場合,Xは両負けの可能性を強いられる。他方,他に訴訟遅延や審理の複雑化を招く事情はない。
    2.  したがって,かかる事情が,根拠となり得る。

                                     以上

評価:F

H30司法試験予備試験 商法 再現答案

  1. 設問1について
    1.  Dは,監査等委員である取締役選任に係る議題及び公認会計士Fを監査等委員である取締役に選任する議案を提出するべく(会社法(以下,略す)303条2項),要領記載請求をしている(305条1項)。甲社は,公開会社であるため,取締役会設置会社であるところ(327条1項1号),かかる請求が認められるには,Dが,「総株主の議決権の百分の1以上の議決権又は三百個以上の議決権を6ヶ月前から引き続き有する」ことを要する(305条1項但書)。
      1.  本件で,Dは,平成24年から継続して甲社の株式1万株を有する株主であるから,「6ヶ月前から引き続き」甲社株式を有している。
      2.  ここで,甲社は,100株を1単元とする単元株制度を採用しているところ(188条1項),Dが甲社に対して係る要領記載請求をした平成29年4月10日時点では,発行済み株式総数が100万株であった。そして,単元未満株主が存在しないことから,甲社における総株主の議決権数は,1万個であったことになる。他方,Dは,先述の通り,1万株を保有しているから,議決権の数は,100個であった。
      3.  したがって,Dは,総株主の議決権1万個のうち100個を有しており,100分の1の議決権数を有していたといえるから,持株比率の要件を充たす(305条1項但書)。
      4.  しかしながら,その後,甲社は,丙社に対して,募集株式数20万株としてその総数を引き受けさせる第三者割当(205条1項,206条2号)の方法により,取締役会決議等法定の手続を適法に行い(201条1項,199条2項),新株発行を行った。その結果,平成29年6月29日における本件株主総会の時点では,Dは,1パーセント未満の保有比率となるため,305条1項但書の持株要件を充たさないこととなった。
    2.  そこで,甲社が,Dの請求にもかかわらず,議題等の要領を記載しなかったことの当否について,Dの持株比率要件の充足が,Dによる請求の時点で足りるのか,株主総会時点において認められる必要があるのかが問題となる。
      1.  判例は,株主による取締役の行為に対する検査役選任請求の事案(358条1項参照)において,3パーセントの持株比率要件(同1号)をその請求時点において充たしていたとしても,新株発行等によりその後持株比率が低下して,かかる持株比率を有するに至らなくなった場合は,特段の事情が無い限り,検査役選任請求の適格を欠くとした。そこで,かかる判例の事案と異なり,本件は株主提案における議題ないし議案要領記載請求であることから,上記判例法理が妥当するかが問題となる。
      2.  いずれの請求権も,持株要件が定められている少数株主権であることは共通する。 
      3.  もっとも,検査役選任請求権は,特に株主の取締役の行為に対する監督是正権たる性質を有し,取締役による業務執行に対して株主の統制を認める権限であるといえる。ゆえに,所有と経営の分離の観点から,株主による過剰な業務執行への干渉を制限するべく権限行使を限定する考慮があったと考えられる。
      4.  他方で,株主提案は,すべての株主が共益権として議決権を有するところ(104条1項3号),その延長にある会社の具体的支配権限たる性質を有する。ゆえに,株主提案にかかる要領記載請求は,かかる支配権能を行使する手段であるといえる。そのため,議題ないし議案要領の記載請求権は,株主の会社支配権にかかるものであるため,厳格な制限に置かれるべきものではないと考えられる。
      5.  したがって,本件は,検査役選任請求の事案において持株要件が維持されなければならない根拠となった事案要素と異なり,かかる判例法理は及ばないと解される。そして,上記の観点から,議題ないし議案の要領記載請求は,その請求時点において,持株比率要件を充たしていれば足り,事後の新株発行により制限される結果となるのは不合理である。
    3.  以上より,Dは,平成29年4月10日時点では持株比率要件を充たしていたから,甲社がDの議題ないし議案を要領として記載しなかったことは違法不当である。
  2.  設問2について
    1. Bの損害賠償責任の有無について
      1.  Bは,甲社の監査等委員である「取締役」であることから,の甲社に対する損害賠償責任は,任務懈怠責任(423条1項)に基づくと解される。
      2.  まず,Bが「任務を怠った」といえるかについて検討する。本件で,甲社と丁社との間で行われた本件賃貸借契約が利益相反取引(356条1項2号)にあたる場合,Bの任務懈怠が推定される(423条3項1号)。したがって,上記賃貸借契約は,直接取引に該当する(356条1項2号)。そのため,Bは,仮に本件賃貸借契約について甲社において手続を経ているものの,「任務を怠った」と推定される(423条3項1号)。なお,本件でかかる推定を覆す事情もない。
      3.  そこで,かかる直接取引該当性についてみると,Bは,甲社の「取締役」であるところ,合同会社である丁社側の持分を有しており,丁社を代表して同社「のために」,「甲社と」の間で本件土地の賃貸借契約を締結し「取引」をしているといえる。
      4.  次に,「損害」の有無について,本件賃貸借契約の約定によれば,賃料が月額300万円とされていた。甲社は,平成29年7月1日から,平成30年6月30日までの間の12ヶ月,賃料3600万円分を支払っている。そして,かかる賃料は,相場の2倍もの値段であり,かなり高額であったことから,かかる倍額の部分については,本件賃貸借契約の約定でなければ発生しなかったものであるといえる。
      5.  したがって,1800万円分について,甲社の損害が認められる。
      6.  そして,かかる損害は,まさしくBが,甲社としてはBの意向を尊重せざるを得なかった点,一方的に有利な取引として上記のような賃料額を設定した結果生じたものであるといえ,因果関係が認められる。なお,本件は356条1項2号の直接取引であるため,Bは無過失責任を負う(428条1項)。
      7.  よって,Bは,甲社に対して,任務懈怠に基づき損害賠償責任を負う(423条1項)。
    2. 賠償額について
      1.  賠償額について,本件ではBが甲社の取締役に就任するにあたり,任務懈怠責任について,責任限定契約(427条1項)を締結しているため,Bの賠償すべき額が問題となる。
      2.  責任限定契約において,当該取締役が賠償するべき額は,本来賠償責任を負うべき額から最低責任限度額を控除した額が免除された上(425条1項柱書),その控除された額についてである。 したがって,Bは,善意かつ無重過失であれば,1200万円について,甲社に対する損害賠償責任を負う(427条1項,425条1項柱書)。
      3.  本件では,甲社は監査等委員会設置会社であるところ,Bは,監査等委員であるから,通常の取締役の区分となる。そのため,Bは,1年間あたり金銭報酬として600万円を受けているところ(361条3項,1項1号参照),平成28年から30年までの2年間在職していることから,1200万円が最低責任限度額となる(425条1項1号ハ)。
      4.  したがって,Bは,善意かつ無重過失であれば,1200万円について,甲社に対する損害賠償責任を負う(427条1項,425条1項柱書)。
      5.  本件で,Bは,本件賃貸借契約に際して,先述の通り,周辺の賃料相場の倍額の設定で,甲社に対して丁社の土地を賃貸している。周辺の賃料相場などは,専門家に照会すること等により容易に知ることができると考えられるため,安易に倍額を設定した点については重過失があるというべきである。
      6.  よって,Bは,責任限定契約に基づき1200万円の限度での責任とはならず,1800万円の損害全体について賠償責任を負う。

                                     以上

評価:A

H30司法試験予備試験 民法 再現答案

  1. 設問1について
    1. 設問前段
      1.  ①につき,債務不履行に基づく損害賠償請求権(民法(以下,略す)415条)が認められるには,「債務の本旨に従った履行をしない」ことが必要であるが,そもそもACは本件で直接の契約関係にない。そこで,債務の不履行がいかなる根拠に基づくかが問題となる。
        1.  判例は,直接の契約関係がなくても,社会関係上特別な接触関係があるなど密接ないし一体的な関係にある場合は,使用者には,実質的な被用者たる者の生命・身体等の安全を保護するべき義務が生じ,かかる義務に違反したときは損害賠償責任を負うとしている。その根拠は,契約において指揮監督等の関係がある場合,使用者が当該指揮監督に服する者に対して,その生命,身体の安全を害しないよう配慮すべきことが契約上の根本原理たる信義則(1条2項)に照らし,当該契約上の付随的義務として含まれていると考えられる点にある。
        2.  したがって,かかる信義則上の保護義務に反した場合は,使用者は実質的な指揮監督に服する者に生じた生命,身体に対する損害について,信義則上債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
        3.  本件では,Cは,本件家屋の解体を請け負い,これをAも含めて共同して行っていた。そして,Cは,Aに対し3階ベランダに設置された柵の撤去作業を指示し,Aはかかる指示に従って動いていた。そのため,CA間には指揮監督関係に基づき,特別な社会関係上一体的な接触関係があるといえ,上記信義則上の保護義務があったといえる。
        4.  そうすると,Aの身体を保護するため,Cは,落下防止等の措置をとる義務があったと考えられるところ,これを用意していなかったのであるから,かかる信義則上の保護義務に反したといえる。
        5.  したがって,Aは,Cに対し,かかる信義則上の保護義務たる安全配慮義務違反に基づき損害賠償請求をすると考えられる。
      2.  ②は,使用者責任(715条1項)及び土地工作物責任(717条1項)の根拠とするものと考えられる。
        1.  「使用する者」にあたるかについて,後述の報償関係に依拠する責任原理から,事業において指揮監督に基づく関係があれば足りるところ,Cは,請け負った本件家屋の解体という「事業のため」に,Bを請負契約(632条)に基づき指揮監督して「使用」していたことから,Bの「使用者」にあたるといえる。したがって,Aは,Cに対して,使用者責任を追及する。
        2.  「事業の執行について」とは,使用者が被用者を通じて利益を得ているという報償関係等に依拠する代位責任の原理から,事業関連性をいう。
        3.  本件で,BはCからAの3階での柵撤去作業が終わり次第,1階部分を重機で破壊するよう指示していたところ,BがAの作業進行中に終了の確認を怠り破壊作業を行ったため,その振動でAが転落して重傷を負った。これは,外形上客観的に,まさしくCの本件家屋解体作業中の事態である。ゆえに,「事業の執行について」生じた「損害」がある。
        4.  したがって,Aは,Cに対して,使用者責任を追及する。
        1.  土地工作物責任について,本件家屋は「土地上の工作物」である。また,「設置又は保存」の「瑕疵」とは,危険責任の原理から,当該物が構造等に照らし通常有すべき安全性を欠いていることをいう。本件家屋は,解体作業中であったことから,先述のとおり,落下防止設備等が施されるべきところ,かかる設備がされていなかったのであるから,通常有すべき安全性を欠き,保存について「瑕疵」がある。そして,Cは,請負人として本件家屋の代理占有者として,「占有者」にあたる。
        2.  したがって,AはCに対して,土地工作物責任を追及する。
    2. 設問後段
      1.  まず,①及び②の請求権は,実体法上別個の発生原因事実に基づく,法律上両立するものであるから,選択的請求することが可能である(請求権競合)。
      2.  もっとも,①は,一般的な債権と同質的なものであるから,10年の消滅時効にかかる(167条1項)。本件では未だ消滅時効は完成していない。他方,②は,3年の短期消滅時効にかかる(724条前段)。
      3.  ここで,②の消滅時効について,その起算点は,「加害者及び損害を知った時」とされているところ,具体的には「現実に」知った時点をいう。本件では,Aは,本件家屋の3階から転落した際に,解体作業に従事していた記憶を喪失し,上記転落事故の経緯を平成26年10月1日に「現実に」知ったものと考えられる。そのため,②にかかる損害賠償請求権は,平成29年10月1日に消滅時効が完成する。他方,現時点は,平成29年6月30日である。
      4.  そうすると,消滅時効の観点からすると,本件では両者の結論に差はないため,①及び②で有利・不利はないと考えられる。
  2. 設問2について
    1. ㋐について
      1.  財産分与は離婚が有効に成立している前提であると考えられる(768条1項)ところ,CF間の離婚の有効性については,本件で離婚の有効要件を欠くか否かが問題となる。
      2.  離婚が有効に認められるには,①離婚意思と②離婚の届出(764条,739条1項)が認められることを要する。②については,平成29年7月31日に適式な離婚届が提出されており,認められる。
        1.  問題となるのは,①である。離婚意思については,判例上離婚の届出に向けられた意思で足りるとされている。
        2.  本件では,CF間で,本件土地及び建物に対する強制執行免脱といった目的があるが,離婚の届出にむけられた意思は否定できない。ゆえに,離婚意思は認められる。
      3.  したがって,離婚は有効であるため,財産分与が無効であるとはいえない。
    2. ㋑について
      1.  CF間の財産分与を取消す手段は,詐害行為取消請求(424条1項)が考えられる。
      2.  AはCに対して,CF間の財産分与以前に先述の損害賠償請求権を有し,Cは離婚届提出時において本件土地及び建物以外にめぼしい財産がなく,無資力状態である。
      3.  問題となるのは,本件財産分与が,詐害行為取消の対象として,「財産権を目的とする法律行為」(424条2項)ないし詐害性(424条1項本文及び但書)が認められるかという点である。
        1.  判例は,財産分与は夫婦の離婚という身分行為を契機とし,かつ夫婦財産の清算等の目的であるから,原則として財産権を目的とする法律行為にはあたらず,詐害行為取消の対象とならないとする。もっとも,財産分与の内容が不相当に過大であり,財産分与に仮託してされた執行免脱行為であるといえる場合には,例外的に,過大な部分について,取消が認められるとされている。
        2.  本件建物については,CとFが協力して婚姻から10年後に築造した物であるため夫婦共有財産(762条2項)と考えられ,離婚後の扶養的性質を有するとされる可能性も否定できない。そのため,不相当に過大であるとして,財産分与の対象とならない可能性がある。
        3.  もっとも,本件土地については,Cが婚姻前から所有していた土地として特有財産(762条1項)にあたるところ,本来は夫であるCの所有に留められる。にもかかわらず,本件土地もFに分与されている点は,不相当に過大であると考えられ,財産分与に仮託した執行免脱行為であると認められる可能性が高い。
      4.  したがって,本件土地の限度で,詐害行為取消を主張できる可能性が高い。

                                     以上

評価:A

H30司法試験予備試験 行政法 再現答案

  1. 設問1について
    1. 本件勧告の処分性
      1.  「行政庁の処分」(行政事件訴訟法(以下,行訴法という。)3条2項)とは,公権力の主体である国又は地方公共団体が行う行為のうち,その行為により,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。本件で,①については,本件勧告はY県知事という行政庁が行ったものであるため,認められる。問題となるのは,②である。
      2.  すなわち,処分性は,①公権力性及び②直接かつ個別具体的な法的効果を有することの2つを要素としている。
      3.  法効果性は,法令の文言,趣旨その他構造に照らし解釈することにより判断される。
        1.  本件勧告は,条例48条に基づく。同条によれば,25条の規定に違反した場合において,事業者に対して違反の是正の指導又は勧告をするものである。本件勧告の内容は,Xに対し「浄水器の販売に際し,条例25条4号に定める不適正な取引行為をしない」という不作為を要求するものである。そして,本件勧告に従わない場合には,公表(条例50条)の手続がされることになる。ゆえに,本件勧告は,公表による事実上の制裁的効果を有する後続処分を規定していることなどに照らすと,Xに対して先述の不作為義務を課すものというべきである。
        2.  もっとも,次のような反論が想定される。本件勧告は,単にXに対して25条4号に反する行為をしないことを勧告し,事実上不作為を要求するにすぎない,そして公表は処分ではなく事実上の効果を伴うにすぎず,公表の存在が本件勧告による法的効果を裏付けるものとはいえない。また,25条4号に掲げる行為は,そもそも禁止されている行為であって,これをしないよう勧告しても新たに直接個別の権利義務関係を形成するものではない。
        3.  しかし,25条4号に掲げられた行為がすでに条例上禁止され,不作為義務が課されているとしても,それのみでは抽象的一般的なものである。むしろ,本件勧告がされることにより,Xに個別具体的に法的効果を生じさせるものというべきである。そして,一般に,行政手続法に定めるような手続を採用する場合,その効果として直接個別具体的な権利義務の変動を予定することから防御の機会を与える趣旨であるとされる。ここで,条例49条によれば,48条による勧告をする際には,事業者に対し,意見ないし証拠提出の機会を与えることが義務付けられている。かかる手続は,行政手続法上の聴聞手続(行政手続法15条1項以下)に類するものである。したがって,かかる法の仕組みに照らせば,本件勧告により直接具体的に権利義務関係を生じさせる法的効果を有するといえる(②)。
      4.  以上より,本件勧告に処分性が認められる。
    2. 本件公表の処分性
      1.  本件公表も,Y県知事によるものであるから,公権力性は認められる(①)。
      2.  本件公表は,48条の規定による勧告に従わなかった者に対して課される。すなわち,その内容は,Xに対し本件勧告がされたこと及びXがこれに従わなかったことが一般に公表される。これは,Xが浄水器販売を行うことを阻害しようとするものであるから,直接個別具体的な権利義務関係を形成するものであるといえる。しかし,法的効果がないとしても,かかる事実上の効果はXの事業活動継続に著しく影響を与える。そのため,本件公表について争う手段が用意されるべきであるところ,罰則等の後続処分がないことから,もはや本件公表により争うことでしか権利救済手段がないといえる。ゆえに,実効的な権利救済の観点から,本件公表を争う手段を認めるべきである。
      3.  もっとも,次のような反論が想定される。Xの主張する内容は,本件公表が事実上有する効果であって,法的効果ではない。また,本件公表の後不適正な取引行為が継続しても,罰則等がないことからすれば,本件公表が,罰則の担保をもって不作為義務を課すといった性質のものではないから,やはり法効果性はない。
      4.  しかし,法的効果がないとしても,かかる事実上の効果はXの事業活動継続に著しく影響を与える。そのため,本件公表について争う手段が用意されるべきであるところ,罰則等の後続処分がないことから,もはや本件公表により争うことでしか権利救済手段がないといえる。ゆえに,実効的な権利救済の観点から,本件公表を争う手段を認めるべきである。
      5.  したがって,本件公表に処分性が認められる。
  2.  設問2について
    1.  本件勧告は,Y県知事の裁量権の逸脱・濫用があるため,違法である(行訴法30条)。
    2.  まず,裁量とは,行政行為の判断主体たる行政庁が,処分を行うに際して認められる判断の余地をいう。裁量の有無は,法令の文言ないし当該処分の内容,性質から,特に行政主体の判断が尊重されるべきといえるかどうか,すなわち専門的技術的判断等の観点があるか否かといった点から決される。
    3.  本件勧告は,条例48条に基づく。同規定によれば,知事が,事業者が25条の規定に違反したと判断される場合に,違反を是正するよう指導し,又は勧告することが「できる」としている。ゆえに,文言上,条例25条の違反是正を促す手段として,指導又は勧告をするかしないか,ないしいずれの手段を選択するかという点について,知事の裁量があるということができる。また,「消費者の利益が害されるおそれがある」場合にされるところ,消費者利益の保護というのはおよそ行政の政策的判断の観点が内在すると考えられるため,行政庁の判断に委ねるべき事由があるといえる。
    4.  以上の点から,本件勧告には,効果裁量が認められる。
    5.  裁量が認められる場合,裁量処分は,原則として当不当の問題は生じても,違法の問題は生じないが,判断基礎となる重要な事実の誤認又は社会観念上著しく妥当性ないし合理性を欠く場合には,裁量権の逸脱濫用にあたり,違法となるというべきである。いかなる場合に,裁量処分が社会観念上著しく妥当性を欠くか否かは,画一的に解することはできないが,法の一般原則,例えば,信義則や比例原則等に反する場合は,類型的に,裁量権の逸脱濫用にあたると解されている
    6.  比例原則違反については,当該処分が,具体的事情に照らし,必要性ないし相当性を欠いている場合をいう。そして,必要性ないし相当性を欠くものであるか否かは,およそ一般的な基準がないが,処分の目的ないし内容,性質,そして処分の名宛人が被る不利益の具体的内容,程度等に照らして判断される。
      1.  本件勧告は,違反の是正を具体的に要求するものである。その性質は,先述の通り,事実上の要求である。そして,その根拠は,Xの従業員の一部が,消費者に対して不適正な方法で浄水器の購入を勧誘していたことによる。 
      2.  もっとも,本件は,①Xの従業員がした勧誘は不適正なものではなく,②仮に不適正なものであったとしても,それは従業員の一部にすぎずX全体の組織的なものではなかった上,③以後適正な勧誘をするように指導教育するなどの改善措置をすでに行っている。かかる事情からすれば,Xにさらに追加的な是正措置を勧告することは,過剰な要求であるから,必要性はない。そして,Xは,本件勧告がされ,従わない場合には公表がされることがほぼ確実であり,これによりXの経営上深刻な影響が及ぶ不利益が想定された。ゆえに,相当性を欠く。
      3.  他方で,本件でXの勧誘についてはY県に多数の苦情が寄せられていたのは否めない。消費者保護の観点から,Xへの処分に必要性相当性があるとの反論もありうる。
      4.  しかし,先述の③の情状も考慮すれば,より制限的でない「指導」という手段ではなく,公表というXへの不利益を生じる手段をあえて選択する必要を裏付けるほかの事情はない。そして,Xへの不利益は重大であるから,相当性もない。
    7. 以上によれば,本件勧告は,必要性及び相当性を欠き,比例原則に反し,社会観念上著しく妥当性を欠く違法なものである。

                                     以上

評価:B

 

H30司法試験予備試験 憲法 再現答案

  1.  法律上の争訟性について
    1.  「法律上の争訟」にあたるか否かは,司法権(憲法(以下,略す)76条1項)の発動に関わる。そもそも,司法権とは,権利義務関係に関わる具体的な紛争について,法を解釈適用し,これを宣言することによって,紛争を終局的に裁定する国家作用をいう。したがって,「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)にあたるには,権利義務関係に関わる具体的な紛争であって(事件性),かつ法の解釈適用による解決を図ることができるもの(法律解決性)が認められることを要する。
      1.  処分2は,A市議会議員であるXに対し,Xが処分1に従わなかったという具体的事実に基づき課された処分である。また,その内容はA市議会議員としての地位を剥奪するものである。そのため,処分2は,XのA市議会議員としての法的地位ないし権利義務関係に関わる具体的紛争である。
      2.  また,処分2は,地方自治法の規定に基づくものである(地方自治法134条1項,135条1項4号)から,同法の解釈ないしその他関係法令の解釈,適用により終局的な解決を図ることができる性質のものであるから,法律解決性が認められる。
      3.  したがって,処分2は,「法律上の争訟」に該当する。
    2.  もっとも,処分2は,A市議会という地方議会がした処分である。ここで,憲法は,地方公共団体には議事機関として地方議会を設置する(憲法93条1項)。地方自治は,地方自治の本旨(92条)に基づくところ,団体自治に基づく自由主義的観点から,地方公共団体の内部自律が尊重される。
      1.  判例は,かかる観点から,地方議会が議員に対してした出席停止の懲罰処分については,それが単なる内部自律の範囲にとどまるため,法律上の争訟として司法審査の及ぶものではないとした。もっとも,単なる内部自律にとどまらず個人の権利義務に直接関わる場合には,司法審査の対象となるとしている。
      2.  処分2は除名処分であるが,XのA市議会議員としての法的地位に直接関わるものであり,単なる内部自律の問題ではなく,個人の権利に直接関わるといえる。
    3.  したがって,処分2は,司法審査の対象となる「法律上の争訟」にあたる。
  2.  Xの憲法上の主張
    1.  処分1は,Xが陳謝文朗読を強制されない自由を侵害し,19条に反する。
      1.  同条は,「思想及び良心」の自由を保障している。その保障根拠は,個人の世界観,価値観等に由来する内心の自由を保障するものである。Xが陳謝文を朗読することを強制されない自由は,Xのかかる価値観,信条等に基づくものであるから,19条により保障される。
      2.  先述の保障根拠からすれば,内心の自由に対する直接的な制約は,絶対的禁止であると解される。処分1は,陳謝文を朗読させる直接制約であるから,19条における内心の自由の絶対的保障の趣旨に抵触する。
      3.  したがって,処分1は,19条に違反する。
    2.  処分2は,Xの議員活動の自由を侵害し,21条1項に反する。
      1.  21条1項は,「一切の表現の自由」を保障する。「表現」は,思想や意見等の外部的表明をいうが,議員活動の上で,意見表明,討論等において思想ないし意見表明といった活動も含まれる。ゆえに,Xの議員活動の自由は,21条1項により保障される。
      2.  処分2は,XのA市議会議員としての地位を剥奪して,Xの議員活動を制限する。また,実質的にXの本件発言に対する制裁であり,Xの議員活動の上での萎縮効果が高い。そして,Xの地方議会議員としての活動は,重要な権利である。そのため,処分2による制限については,慎重に合憲性が判断されるべきであり,目的の重要性と,手段がより制限的でない他の選びうる手段がなく,処分2によるべき必要性が認められない限り,違憲である。
      3.  本件で,処分2は,地方自治法に規定される懲罰処分のうち,もっとも重い除名処分が選択されている。ここで,処分1は,公開の議場において本件陳謝文を朗読させるものであるところ,「公開の議場における陳謝」という懲罰処分の1つであると考えられる(地自法135条1項2号)。そのため,処分2は,より重い出席停止(同3号)と比較して飛躍的に重い処分である。他方,本件発言は,意図的でなく,調査による相応の根拠があり,Xの地位を剥奪しなければA市の教科書の信用などが回復されないといったものではない。より制限的でない出席停止措置でも十分である。
      4.  したがって,処分2は,必要性を欠き正当化されず,21条1項に反する。
  3.  反論及び私見
    1.  処分1の19条違反にかかる主張について
      1.  処分1によりXに陳謝文を朗読させることは,単に事態の真相を告白させ,それについて陳謝の意を述べさせる程度のものであるから,Xの内心の自由を侵害しないとの反論が想定される。
      2.  判例謝罪広告事件において,謝罪をさせることは,単に事態の真相を告白し,それについて陳謝の意を表明させるにとどまる限り,憲法19条により保障される内心の自由を侵害するものではなく,同条に反しないとしている。そこで,処分1による陳謝文の朗読強制が,単なる事態の真相告白ないしそれについての陳謝の意思表明にとどまるか否かが争点となる。 しかし,かかる箇所は,XのDに対する侮辱の認識があったかどうかという内心を告白させるのではなく,単に客観的な事実の態様を形容したものにすぎないと考えられるため,事態の真相を告白させたという限度にとどまると考えられる。
      3.  処分1における謝罪文の内容は,「私は,Dについて,事実に反する発言を行い,もってDを侮辱しました。ここに深く陳謝致します。」とのものであった。かかる陳謝文は,XがDに対して事実に反する発言を行った事実を表明させ,陳謝させる内容である。他方,「・・・もってDを侮辱しました。」との箇所は,XがDを侮辱する意図に対する自己認識,内心を告白させるものとも考えられ,単に事態の真相を告白するにとどまるものではないといえそうである。
      4.  しかし,かかる箇所は,XのDに対する侮辱の認識があったかどうかという内心を告白させるのではなく,単に客観的な事実の態様を形容したものにすぎないと考えられるため,事態の真相を告白させたという限度にとどまると考えられる。
      5.  したがって,処分1は,Xの内心の自由を侵害せず,19条に反しない。
    2.  処分2の21条1項違反にかかる主張について
      1.  処分2は,本件発言に対する制裁ではなく処分1に従わなかったことに対する制裁であって間接的な制約であり, 厳格な基準は妥当でないとの反論が想定される。
        1.  そこで,処分2の合憲性判断基準が争点となる。確かに,かかる反論の通り,処分2は,本件発言に対して向けられた制裁ではなく,処分1に従わなかったことに対するものであるから,間接的制約であるといえる。そのため,表現の自由に対する制約としては強度ではなく,緩やかな基準が妥当すべきように思える。
        2.  しかし,処分2がXのA市議会議員としての地位そのものを剥奪し,以後の議員活動をできなくする性質のものであること,議員活動における様々な場面での発言は地方政における民主制過程の実現の上で死活的に重要な権利であることに照らせば,間接的制約であっても,その手段をとることの合憲性を緩やかに判断すべきではない。そこで,より制限的でない他の採りうる手段がなく,処分2によるべき必要性を裏付ける事情がある場合でない限り,処分2は違憲であると解すべきである。
      2.  かかる基準に従い,処分2の合憲性について検討すると,本件発言はDがA市の社会科教科書の採択について,A市議会議員であるDが市教委の委員に対して不当な圧力があった等の内容である。これが事実に反するものであったとなると,A市の教育行政に対する信頼が損なわれるなど,本件発言の影響は重大であったといえる。そのため,処分2にも一定の根拠を見出すことはできる。
      3.  しかし,Xは新聞記者であるCという一定の信用のある情報源からから入手した情報を契機とし,かつ一定の調査を行った上で,本件発言をした。かかる情状に照らせば,本件発言の影響を考慮しても,Xを議会から排除しなければ信用を回復できないとまではいえず,出席停止措置でも十分である。
      4.  以上からすれば,処分2によるべき必要性を裏付ける事情は足りず,処分2は,21条1項に反する。

                                     以上

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